活動のご案内

トップページ > 活動のご案内 > 他団体との交流 > 二〇一五年度国際協同組合デー記念講演会(1)

二〇一五年度国際協同組合デー記念講演会(1)

滋賀の生協 No.172(2015.11.2)
二〇一五年度国際協同組合デー記念講演会
コーヒーのフェアトレードとコメの産消提携
~農業を買い支える仕組みと協同組合~

二〇一五年七月四日(土) 滋賀県農業教育情報センター第三研修室

講師 辻村 英之氏
(京都大学大学院農学研究科准教授)



 今、農業の持続可能性を保障するために何が必要か。キリマンジャロ山中の農業の優位性とコーヒーのフェアトレードの役割、「競争」メカニズムから「共創」メカニズムへの転換、「消費者市民」と「生産者市民」育成のための協同組合の役割、農業を買い支えるための仕組みづくりなどについて語っていただきました。

◆プロフィール 辻村 英之(つじむら ひでゆき)
一九六七年愛知県生まれ。農学博士(農林経済学)。在タンザニア日本大使館専門調査員、金沢大学経済学部助教授を経て現職。フェアトレード・プロジェクトを実践しながら、キリマンジャロコーヒーの産地における農家経済経営・協同組合・フードシステムの実態・役割を研究するとともに、日本の農村におけるそれらの実態との比較研究を試みている。主な著書に、「農業を買い支える仕組み」「おいしいコーヒーの経済論」(太田出版)、「コーヒーと南北問題」「南部アフリカの農村協同組合」(日本経済評論社)などがある。
   本講演でお伝えしたいこと

 私は、一九九六年に、博士論文のために初めてタンザニアで農村調査をいたしました。以後、二〇年近く毎年タンザニアを訪問し、最初は農村や農協の発展、その後はコーヒーのフードシステムやフェアトレード、そして最近は農家経済経営の研究をやっております。また五年ほど前から、私が「国内フェアトレード」と呼んでいる関東圏中心の生活クラブ生協と山形県の遊佐町農協の間の「共同開発米事業」を事例に、産消提携の研究を進めております。

 本講演でお伝えしたいことの一つ目は、キリマンジャロ山中の農業の優位性とそれを守るコーヒーのフェアトレードの役割です。アフリカの農業は遅れているとよく言われます。アフリカの農業者に任せずに、先進国の政府や企業が投資して近代的な農業を展開した方がよいとまで、言われてしまうこともあります。私の調査地であるタンザニアのキリマンジャロ山中においても、確かに農業の生産性や収益性が低く、そこだけ見ると遅れていると言わざるを得ない。しかし、視点を変えてみると、優れた特性がたくさん見えてきます。

 私がもう何年も、毎年トラブルが生じてたいへんなのに、フェアトレードを実践し続けてきた理由は、それら農業の優位性を壊したくないから、守りたいからです。

 お伝えしたいことの二つ目は、安倍政権の農業・農協改革が「競争」メカニズムをより重視する改革である一方で、食料の持続的な生産・消費のためには、競い合う「競争」メカニズムではなく、生産者と消費者が共に創り上げる「共創」メカニズムが重要であること。そしてそれは、現在の農業・農協改革の方向とは逆側にあることを、強調したいと思います。

 この「共創」メカニズムを機能させるには、「消費者市民」が育たなければいけない。消費者市民とは、「消費者教育の推進に関する法律(二〇一二年)」で明記されている「倫理的、社会的、経済的、環境的配慮に基づいて購買行動を行う」だけではなく、それらに基づいて「市民・社会運動をも行う」消費者と定義づけることができます。

 この「消費者市民」とともに、私は、「生産者市民」(倫理的、社会的、経済的、環境的配慮に基づいて生産・販売行動や市民・社会運動を行う消費者)という言葉も使いたいと思います。多くの生協組合員が既に消費者市民になっているでしょうし、同じく農協組合員の多くが生産者市民でしょう。消費者市民、生産者市民を育むことは、協同組合の重要な役割であると考えております。

 この消費者市民、生産者市民が共に、食料の持続的な生産・消費システムを創り上げていく「共創」メカニズムを、生活クラブ生協と遊佐町農協の間の共同開発米事業を事例に紹介いたします。同じく協同組合が、この食料の持続的生産・消費システムの創出を主導すべきだと考えております。

 以上の協同組合の役割(消費者・生産者市民の育成→食料の持続的生産・消費システムの創出)が、お伝えしたいことの三つ目。

 四つ目は、農業・農村の多面的機能、命の源である食料の持続的供給など、非常に社会性・公共性の高いものであり、道路や公園を公共投資で整備するのと同様、助成金で農業・農村を整備するのは政府の重要な役割だと考えております。しかし政府にそれを訴えるとともに過度に期待・依存せず、農業を積極的に買い支えていくのが「消費者市民」のあるべき姿だと考えます。

 そして最後に、TPP締結や米の生産調整廃止などで、農産物の市場価格はさらに低迷していくでしょう。また農業というのはそもそも、非常に大きな生産・価格・所得リスクの下にある。それゆえ農業の持続可能性を保障するためには、フェアトレード、CSA、産消提携などの買い支えの仕組みが必要であること。そして、その仕組みを確立するための要件とは何かを、お話ししたいと思います。


タンザニア

   農業の優位性(1):コーヒーの香味やイメージ

 まずコーヒーについて話をします。

 キリマンジャロコーヒーは日本において、モカ、ブルーマウンテンと並ぶ「コーヒーの御三家」と呼ばれています。モカは、欧米でも人気が高い。ブルーマウンテンも人気が高いのですが、日本が買い占めているのであまり買えません。世界的には、三番人気のところにケニアのコーヒーが入ることが多い。だけど日本だけは、キリマンジャロコーヒーが「御三家」と呼ばれるほどの人気です。映画「キリマンジャロの雪」が上映された一九五三年に、キリマンジャロ山の高貴さ、上品さのイメージに乗せた同コーヒーのマーケティング戦略がなされ、大成功をおさめた成果だと言われてます。

 この山のイメージだけでなく、キリマンジャロ山中の風土の下でのみ形作られる強い酸味と独特の香り。キリマンジャロ山が醸し出す独特の香味やイメージを、私たち日本人が世界一愛好しているのであればそれだけで、フェアトレードにより守っていく意義は大きいのではないかと思います。


アフリカ最高峰のキリマンジャロ山

   農業の優位性(2):アグロフォレストリー

 私が調査しているルカニ村には、チャガ民族と呼ばれる人たちが住んでいます。キリマンジャロ山の西斜面、標高千五百から千七百メートルのところにあります。ここより高い所はキリマンジャロ国立公園に指定され、人が住めませんので、一番山奥の村と言えます。

 タンザニアのコーヒーの一割は、外国人が所有する大農園で生産されています。しかし最近は、小農民がどんどんコーヒー生産をやめ、標高が低いところにある大農園産のコーヒーの割合が増えてきています。ただコーヒーの香味について、一日の気温差が大きいほど、つまり標高が高いほど、上質になると言われており、山中に住む小農民のコーヒーには敵わないのです。

 コーヒーは直射日光を嫌うので、必ず日陰樹(シェイドツリー)が残され、その木陰で生産されます。例えばエチオピアにおいて、どんどん森林が減っているようですが、残っている森林はコーヒーの産地に重なると言われております。とは言え、大農園を開設するのにかなりの木が伐採される。

 ところが、山中にあるルカニ村の小規模なコーヒー農園(一ヘクタール程度の家庭畑)においては、森林を大きく破壊せず疎林として残し、その高木・中木、さらにはチャガ民族の主食であるバナナを日陰樹(シェイドツリー)として活用するコーヒー生産、環境保全的な農法として注目されている「アグロフォレストリー(農林複合経営)」を確認することができます。

 このアグロフォレストリーは、山中にあり農地面積の拡張が難しいため、つまり横の空間には制約があるため、縦を五つの空間に分けて効率的に活用しようとする複合経営です。

 一番下の空間には、従来はココヤムなどの芋類が生産されていました。しかしココヤムは、大きく成長すると畑の地力を減退させる。そこで最近は、豆類を植えるようになっています。豆類の根に共生する根粒菌が空気中の窒素を固定してくれるので、肥料を入れなくても地力が維持されます。二層目にコーヒー。三層目に主食であるバナナ。その上がオレンジやパパイヤなどの果樹。一番上の層に森林の林木。特に大切にされているのが、「ムルカ」と呼ばれるキリマンジャロ在来の豆科の高木で、同じく地力を維持する機能を持つ。先祖から受け継いだ伝統的知識です。

 このアグロフォレストリー(農林複合経営)に、さらに畜産が有機的に組み合わされて、農林畜複合経営になっています。毎朝、バナナの葉を刈り込んで牛の餌にします。そして糞は堆肥化されて、バナナの根元には毎日のように、コーヒーの根元には年に一、二回投与されます。牛の飼料や肥料を買うとたいへん高価で、利益を得られなくなるので、経営(農場)内部の資源を循環させて、費用のかからない農業をしている。

 現金を持たない貧しい農家が生きながらえる工夫。それが、環境保全性や資源循環性、そして低費用性のレベルが高い、魅力的なコーヒー生産、農業生産につながっているのです。


バナナを日陰樹として活用

   農業の優位性(3)活発な農協

 タンザニアのコーヒー農協は、植民地支配していたイギリス人が本国にコーヒーを輸出するために作りました。途中からタンザニア人の経営者が受け継いで、イギリス人の指導を得ながら、アフリカ一と言われる農協に育てられました。その後、タンザニアにおいて、ロシア型でも中国型でもない、アフリカ型社会主義が展開されましたが、その中核に置かれたのが農協でした。

 九〇年代前半にコーヒー産業の自由化・民営化が進みます。農協は政府支援を得られなくなり、同時に多国籍企業の子会社との激しい買付競争にさらされ、多くが閉鎖に追い込まれます。しかし、ルカニ村農協は頑張って、コーヒーの販売事業を続けています。組合員の価値観・経営目標を的確にとらえていることが成功要因です。

 チャガ民族が何のためにコーヒーの生産をしているのか。子どもの教育経費を捻出するためです。チャガ民族はタンザニア一教育熱心な民族として知られています。

 それゆえルカニ村農協の最大の目的は、コーヒーを高く販売して組合員の教育経費を満たすことにあります。しかし下記のようにコーヒーの国際価格が低迷し、この販売事業はうまくいってません。そこでルカニ村農協は、教育事業を重視し、安い経費で教育を受けられる地元の中学校建設などを支援することで、組合員を喜ばせております。

 社会主義の時代は全村民が組合員にならないとルール違反でしたが、今はもちろん自由。それでもルカニ村農協においては、未だに全ての村民が組合員のままです。この農協が日本のフェアトレード消費とつながったこともあり、多国籍企業の子会社は、ルカニ村におけるコーヒーの買付事業から退出せざるを得なくなりました。

  農業の優位性(4)
利益追求のための農畜産物と家計安全保障のための農畜産物

 ルカニ村の農業経営は、「男性産物」経営と「女性産物」経営の二つに分割されています。性別分業ではなくて、経営目標の違いで区分されてます。

 「男性産物」と呼ばれる農産物は、利益を追求して、上記のように特に教育経費の確保をめざします。コーヒーがその主役で、高く売れる先進国市場へ、特に一番高く売れる日本への輸出が多い。利益が多いほど「男性産物」経営の成果が上がったことになりますが、教育経費さえ確保できれば、一定の成果が上がった、満足であると彼らは捉えます。

 その一方で、全く異質な「女性産物」と呼ばれる農産物があります。主食であるバナナや牛乳等ですが、これらの経営目標は、家計仕向けの食料としてだけではありません。彼らは現金を持っていないので、バナナと牛乳を地元の青空市場に運んでそこで販売をして得た現金で、山の中では生産できない食料とか日用品を購入します。つまり女性が買い物をする時の財布のような役割を果たします。必要最低限な食料や日用品の確保、すなわち「家計安全保障」が、「女性産物」の経営目標になります。(図1)


ルカニ村における農家経済経営の基礎構造

▲TOP