滋賀の生協 No.145 (2008.9.25
二〇〇八年度国際協同組合デー記念 県内協同組合合同研修会
『世界と日本の食糧事情』
京都大学名誉教授・大妻女子大学教授 中野 一新さん

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アメリカの補助金制度

 その結果、今WTO農業交渉ではアメリカの「輸出補助金」や「国内補助金」が大きな問題になっています。

 「輸出補助金」は農家に補助金が支払われると思われるかもしれませんが、そうではありません。穀物の輸出業者に対して、つまりカーギルやコナグラやADMなどの輸出業者に払われるのです。

 例えば米などはその典型です。アメリカ産米の国内価格は国際価格よりずっと割高です。そうすると、高いアメリカ産の米を購入して、安い値段で海外に売るわけですから、輸出業者は当然損をする。そこで、国内価格と国際価格の差額を「輸出補助金」という形で穴埋めするわけです。ですから「輸出補助金」の大半は穀物メジャーに行っている。もっと言えば海外市場を確保するために「ダンピング輸出」を政府は奨励しているわけです。これはEUも同じです。ですから、「輸出補助金」によって「ダンピング輸出」をする経済的余力のあるEU及びアメリカと、そういう経済的ゆとりのない穀物輸出国(ケアンズグループ)という図式ができています。

 「ケアンズグループ」とは、米で言えばタイ、ベトナム、小麦であればオーストラリア、カナダ、アルゼンチンといった主要食料輸出大国と呼ばれる国をさします。こういう国々の第一回の会合がオーストラリアのケアンズで開かれたので「ケアンズグループ」と呼んでいます。

 この「ケアンズグループ」が、アメリカとEUの「輸出補助金」に対して、同じ輸出国同士なのに強く批判をしている。

 「国内補助金」についても、アメリカほど経済的ゆとりのない全ての国が批判をしている。もちろん輸入国も批判をする。こういう構図ができているわけです。

 アメリカでは農業法で設定した「目標価格」と「市場価格」との差額を、政府が補填するわけですが、現在は「市場価格」が「目標価格」をはるかに上回っている。

 トウモロコシの場合、「目標価格」は一ブラシェル(二十五キロ)当たり二・六三ドル、「市場価格」は現在でも六ドルを超えており、事実上国内補助金を支出する必要がないわけです。

 アメリカの直接支払額は、二〇〇五年の二百四十四億ドルをピークにしてどんどん減ってきて、去年は百二十億ドルにまで縮減している。「農業補助金」も「輸出補助金」も、市場価格がうんと跳ね上がっていますから、今年は限りなくゼロに近いわけです。おそらく十億ドル前後にとどまるろ予想されます。

 七月のWTO閣僚交渉の直前にアメリカは、「アメリカの農業補助金を百三十四億ドルから百六十億ドルの間にする」と言っていたんです。ところがアメリカの農業交渉のトップは、ジュネーブに着いた途端に「百五十億ドルに減らします」とメディアに発言し、それを売りにして交渉をまとめようとしました。そして七月二五日の「ラミー提案」では「百四十五億ドルに、更に五億ドル落としました」といかにも成果のように言うわけです。

 だが、さきにふれたように、実際に支給する「補助金」なんて現実にはほんのわずかでしょう。関係ないんですよ。こんな農業補助金削減目標なんか。アメリカは何の譲歩もしていないんですよ。

 つまり、アメリカの現在の農業は保護する必要がないほど好景気だということがポイントなんです。大統領選が終わって、もし仮に農業の調子が悪くなれば、二〇〇八年農業法の枠内でドンドン補助金を支給したら良いと思っているわけです。

WTO農業交渉の焦点

 それから、二番目の問題は、大詰めを迎えたWTO農業交渉です。今回非常にビックリしたのは、農業団体が日本政府や農水省を滅茶苦茶たたいている点です。これほど激しいのは私が知っている限り初めてです。

 具体的に言いますと、一番問題になっていたのは、「重要品目」をどう扱うのかという点です。日本で現在、関税の対象品目になっているのは千三百三十二品目です。そのうち、高関税品目数は百六十九。この百六十九の高関税品目を全部守るために「重要品目」にしようとすれば、関税対象品目全体の一二、三パーセントになります。今回の交渉前まで、農水省は最終的に「一〇パーセント、つまり百三十三品目にする」と言っいました。ところが若林農水大臣は、ジュネーブに着いた途端に「八パーセントで良い」と発言したわけです。それで、農業団体は「東京で一〇パーセントと言っていたのに、八パーセントとはなにごとだ」と怒ったわけです。八パーセントだと百七品目に減ってしまう。これでは、米農家とこんにゃく農家、酪農家などの間で「重要品目」の設定を巡って内輪げんかになってしまいます。

 ついで、いよいよ七月二一日から閣僚会議がスタートし、七月二五日には、「ラミー調停案」が出るわけです。ラミーというのはWTOの農業委員会の事務局長ですが、EUの「共通農業政策」(CAP)の中心人物で、EU農政を固めてきた人間です。彼が二、三年前に事務局長のポジションに座った。ラミーは最初からEUの利益が優先なんです。

 彼は「アメリカの輸出補助金を百四十五億ドルにする」「高関税品目の関税削減率を七〇パーセントにする」と言い切りました。

 ここで言う「高関税品目」というのは、関税率が七五パーセント以上のものですから、日本でいうと一番高いこんにゃくの一七〇六パーセントを筆頭に百三十四品目あります。で、これらの関税率を七割も削る。たとえば、現在の米の関税率は七七八パーセントですね。これを七割削減すると、二三三パーセントにダウンします。

 米の一トン当たり国際価格を三万円とします。関税率は七七八パーセントですから。輸入米の日本国内での価格は二十六万円で入ってくる。国産米のトン当たり価格とそう違わない。だから国産米が輸入米に圧倒される恐れはないというのが、ガット・ウルグアイラウンド合意のおりの結論でした。ところが、これが二三三パーセントに削減されると、輸入米が約十万五千円で入ってくるようになる。これでは日本のお米はひとたまりもないですよね。

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