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琵琶湖の環境問題の現状と課題対策について(2)

滋賀の生協 No.142 (2007.10.6)
2007年度国際協同組合デー記念
『琵琶湖の環境問題の現状と課題対策について』
講師 琵琶湖環境科学研究センター研究情報統括員 熊谷 道夫氏

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冬の還流と夏の還流

 それからもう1つ面白いことがわかりました。水の流れですが、2006年は、寒い冬でした。このスライド(図13)でわかるように、琵琶湖の中心で温度が高く、周辺では低いことがわかります。そうすると、琵琶湖では時計回りの環流が形成されます。なぜ時計回りかと言いますと、先ほども述べたように岸の水が冷たいから、斜面そって湖底に落ちていくのです。そうすると湖心から湖岸へと循環流ができますが、地球の自転の影響をうけて右に曲がるのです。このようにして、時計回りの「冬の環流」が形成されます。

  ところが、2007年の場合は暖冬で、湖岸の水が十分に冷却されませんでした。これによって、時計と逆周りの環流が残ったのです。これは夏の環流のパターンです。このことはとても大切なことです。琵琶湖では、時計回りの環流が起こらないと、水が良く混ざらないのです。そういう事が、実はここ数年まではわからなかったのです。ですから私たちは、3年ほど前までは、琵琶湖には冬に環流がないものだと思っていました。ところが、調べてみると冬の環流が存在するのです。夏は時計と逆周りに回っていた水が、冬には時計回りになる。つまり洗濯機の逆回転のようなものです。冬季の水の上下移動はとても大きくて、毎秒2000トンもの水が循環するのです。琵琶湖からの最大放出量が毎秒500トンくらいですから、いかに大きいかわかるでしょう。一体何がこのような水の移動を引き起こしているかというと、冬の冷たい気温なのです。だから、そういう意味で、気象というのはすごく大きな影響を持っているのです。

  先ほど述べたように、琵琶湖の平均水温が過去20年間で1℃上昇したことは、琵琶湖の生物にとって非常に大きい問題です。これからも気温は上昇するし、水温も上がるでしょう。当然、琵琶湖だけでなくて周辺の森林とにも影響が出ると思われます。

 では、他の湖ではどうなのでしょうか。次のスライド(図14)は、レマン湖に最低気温と、溶存酸素濃度の変化を示しています。レマン湖は、ジュネーブ湖とも呼ばれ、最深部は300mmもあります。この湖で、溶存酸素濃度が減少し続けています。溶存酸素濃度の変化とジュネーブの飛行場で計測された気温とを比べると、気温が上がると溶存酸素濃度が下がることがわかります。つまり、寒ければ溶存酸素濃度が回復するし、暖かければ酸素が回復しないのです。これは、とてもきれいな関係です。

多環芳香族の沈降

 琵琶湖の中でもう1つ大きな問題は、分解しにくいものが湖底に堆積している、と言うことです。このスライド(図15)は、琵琶湖に沈降してくる多環系芳香族のフラックスを示しています。これは北海道大学の玉村さんが計測された結果です。多環芳香族と言うのは、化石燃料の燃焼が起源です。この沈降フラックスには、2種類のパターンがあります。ひとつは夏に高いパターンで、もうひとつは冬に高いパターンです。これらは非常に分解しにくいので、湖底にたまります。しかも、琵琶湖での沈降量は、工業地帯並みに多いのです。おそらく、夏に多いものは、水上バイクなどの、プレジャーボート起源だと思われます。冬に多いものは、季節風にのってお隣の国からやってくる物質だと思われます。つまり自分たちのエリアの中で解決できるものと、隣国に削減をお願いするものとの、2つの取組みをしなければいけないわけです。

水電解で低酸素化の解消

 では、湖底の低酸素化を解消する方法はあるのでしょうか。私たちは、水電解で解決しようと提案しています。中学校で習った水の電気分解と原理は一緒です。電気を流して水から酸素と水素を作ります。酸素は湖底に供給して、水素はエネルギーとして利用します(図16)。

 おそらくあと10年くらいしたら、化石燃料が枯渇して、石油が高騰し、深刻なエネルギー問題が起こると思われます。また、その頃には、琵琶湖でも酸素不足で大変になります。そういう場合に備えて、対策技術を開発しておこうというわけです。琵琶湖の南湖に帰帆島という下水処理施設があります。この島を作るために掘った穴があります(図17)。この穴の中では、夏に酸素が完全になくなります。最近これをもういっぺん埋めようという話があるらしいのですが、お金をかけて掘った穴をまたお金を賭けて埋めるのかなあと、ちょっと釈然としないところがあるのですが、確かにこの穴は、現在、環境に良くない穴です。大きさは、500m×500mで、水深が12mで、水電解実験をするには、非常に良い場所です。5月頃から溶存酸素濃度がドンドン減ります。10月くらいまで、酸素がない状態が続きます。そうすると、リンが溶けだしてきます(図18)。この穴が、リンの負荷源になっています。湖底は、酸素が完全になくなり、ヘドロ状態になっています。

  この穴を用いて、2006年と2007年に、二種類の水電解実験を行いました。ひとつは「直接電解法」と言いまして、プラスとマイナスの極板を作ります。そこに電気を流しますと、陽極に酸素、陰極に水素が発生します。湖水の直接電解には、電極間の距離を5mmくらいに設定しました。酸素は、非常に細かな泡になり、非常によく溶けるようです。ただ、電流密度や電極の種類によっては、次亜塩素酸を発生することがあります。これらは、バクテリアや植物プランクトンの成長を阻害しますので、うまく制御する必要があります。動物プランクトンより大きな生物については、良好なようです。直接電解以外に、雨水の分解も行っています。これは、雨水から純水を作り、PEMというイオン交換膜を用いて酸素と水素に分解する方法です(図19)。この方法は、純水が必要になるのですが、湖水から作るより、薄いから作る方がコスト的には10分の1程度になります。また、酸素と水素を100%分離できるので、安全性や効率性に優れています。

  実際、7月に琵琶湖南湖の浚渫窪地で実験を行いました。その結果をスライド(図20)に示しますが、1立方メートルのチャンバーの中の酸素回復が、1時間程度で完了しました。このチャンバーは、湖底の部分が開いており、泥と直接接触するように設計されています。したがって、湖底泥による酸素消費も含んだ実験系になっています。現実にはこのような早い反応を行うのではなく、数ヶ月かけてゆっくりと回復させるので、環境への影響は非常に小さいものになることが期待されます。

琵琶湖の酸素が本当になくなってきたときに、この水電解方式が注目されるだろうと考えています。最近は、水素経済社会とか言われていますが、その実現には高いハードルがあります。しかし、人類が持続可能な社会を作り上げるためには、水素の利用しかありえないと思われます。スライド(図21)に示したように、近い将来、滋賀県において湖水や雨水を利用して酸素と水素を作り出し、それぞれを活用する社会が実現するかもしれません。琵琶湖汽船の中井社長も同じ夢を持っておられて、なんとか琵琶湖で水素をエネルギー源にした船を走らせたいと話し合っています。

影による水環境の制御

 今、琵琶湖で何が問題かというと、湖に太陽光が当たりすぎているということです。結果的に、湖はどんどん暖かくなっています。暖かくなりすぎると、成層しやすくなり、水が動かなくなります。水草が生えても、水が動かないから低酸素化をもたらし、茎や根が腐り始めます。なんとかして湖水を動かす方法を考える必要があります。

  このために、影を生かす仕組みを提案しています。具体的には、屋方船のようなフロートを作り、湖に浮かべます。屋根には見た目のよい太陽光パネルを貼ります。このフローとは影を作るので、下には水草は生えません。影ができれば、光が当たる場所との間に水温差ができるので、自然に水が動き始めます。必要があれば太陽光で水電解をします。目の細かいネットを張れば、ブラックバスのような大型魚類が入らないので、小型の魚を育てることもできます。温暖化に対してうまく適合するには、こうして熱が地面や湖水に入らないようにしてやることがもっとも効果的だと思われます(図22)。この場合、湖底には斜面があったほうが、より効果的です。斜面があれば、重力を利用することができるからです。

エネルギーと環境の調和

 さて、最後にまとめですが、私は、地球温暖化の琵琶湖への影響を、20年位前から言い続けています。あまりこのような話をすると、「狼少年だ」と揶揄する人がいますが、誰も何も言わない世界の方が、もしくは言わせない世界の方が恐ろしいと思います。懸念を口にして伝える努力は、誰かがしなければならないです。今、琵琶湖は、私がかつて心配したように変わってきています。今後も、もっと変わる可能性があります。

  今後、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の予測通り温暖化が進行すると、おそらく今世紀中に琵琶湖の湖底の溶存酸素濃度がゼロになる可能性が非常に高いと思います。それを抑止するために、化石燃料の使用量をできるだけ抑える必要があります。それと、これは研究者がやらなければいけないのですが、琵琶湖の溶存酸素濃度の変化と、湖底にすむ生物や生態系への影響をきちんと評価しなければなりません。そして、琵琶湖の酸素がなくなるのはいつか、という正確な予測も大切です。

 地球温暖化というのは、私たちが使っているエネルギーの過剰な利用が原因です。したがって、エネルギーと環境が調和した社会の実現こそが、持続可能な社会への道だと思います。そのためには、なるべく気温が上がらないように努力することと、気温上昇に適合して行くこと、という2つの取り組みが必要だと思われます。後者のためには、影をいかすことが大切です。人間は、森林を伐採し、都市を作り、農地を作り、影の部分をなくして来ました。今、もう1度、影の効用を評価することを提案して、私のお話を終わらせていただきます。(熊谷先生の講演録より)

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