滋賀の生協 No.145 (2008.9.25
二〇〇八年度国際協同組合デー記念 県内協同組合合同研修会
『世界と日本の食糧事情』
京都大学名誉教授・大妻女子大学教授 中野 一新さん

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政府と農業団体の対立

 そこで、特定の農産物を一般品目ではなく「重要品目」に設定するという事が議論になってくるわけです。そして、重要品目の設定枠を農水省は「一〇パーセント」と言っていたのに「八パーセント」に減らすといい出し、「ラミー提案」ではさらに「四パーセント」にまで縮減すると言い張っています。四パーセントだと五三品目しかない。そのうえ、「重要品目」に設定したときには、日本での需要があろうとなかろうと国内消費量の四パーセントを輸入することを義務づけている。米で言いますと、ウルグアイラウンド合意によって、現在約七十七万トンを輸入していますが、さらに、国内の消費量八百数十万トンの四パーセント三十二万トンを輸入しなければならない。輸入量は都合百万トンを優に超えることになります。

 若林農林大臣は、「なんとか重要品目を六パーセントに」と言っているわけです。六パーセントだと八〇品目になるわけです。ところが六パーセントにした場合には、「さらに〇・五パーセント上乗せする」と言うのが「ラミー提案」です。そうすると、八百万トンの〇・五パーセントだから四万トン。合計百十三万トン入れろ。それが「ラミー調停案」だったんです。

 それで決裂直後の七月三〇日付けの『日本農業新聞』論説で、「穀物過剰を前提にした時代錯誤のWTO農業交渉に、終止符を打つべきだ。日本がその先頭に立とう」「農産物の自由貿易交渉は時代遅れになった」「WTO交渉からもう手を引け」と主張したわけです。ここまで政府と農業団体が対立してしまったのは初めてだと思います。

 WTO農業交渉の今回の決裂を踏まえて、もう一回繕い直しが試みられると思いますが、それには時間がかかります。アメリカの大統領選が十一月に実施され、政権交代は来年の一月からです。そこから新しい農業関係のスタッフ、体制作りも始まる。だから早くても半年はかかる。そこまでは交渉は煮詰まらないと思います。

農産物異常高騰の理由

 なぜ、ここに来て農産物が異常に高騰し、食料・農産物不足、とりわけ穀物不足が大きな社会問題になってきたのか。次にこの点について言及します。

 穀物価格が異常に高くなったきっかけは、トウモロコシを原料にしてエタノールを製造するという、アメリカ政府の政策転換にあると考えています。「これは一過性のもので、そううまくはいかない」と言う研究者もおりますが、私はそういうものではなくてアメリカの農業構造自体がここに来て変わりだしたと考えております。

 アメリカにおけるエタノールの製造量は、二〇〇一年の十七億ドルから年々増加し、二〇〇七年には六十五億ドルに達し、ブラジルを追い抜いて世界最大の輸出国になりました。

 ブラジルは大国なのに自国でほとんど石油が産出できない。それで早い時期からサトウキビを原料にしてエタノールを製造し、自動車を走らせる方向を選択してきました。

 ヨーロッパは菜種油です。菜種油を原料にして軽油を製造し車を走らせる方向です。ヨーロッパは菜種油から軽油、アメリカはトウモロコシからエタノールという違いがあります。

 エタノールの主要な生産地は、アメリカの穀倉地帯である中西部に集中しています。

エタノール製造の契機

 エタノール製造が急拡大する契機についてまずお話いたします。

 アメリカでは一九九〇年に「大気浄化法」が制定されます。自動車の馬力をアップするためにガソリンに鉛を入れて走らせてきましたが、鉛の公害が発生するということで、「もう鉛を入れてはいかん」ということになりました。クリーンなエネルギー政策のスタートです。

 本格的に取り組みだすのは二一世紀の初めからですが、とりわけ二〇〇五年の「エネルギー政策法」、二〇〇七年の「エネルギー自立保障法」の二つの法律によって「再生可能なバイオ燃料」を二〇〇八年の年間九十億ガロンから二〇二二年の三百六十億ガロンへ四倍も増やすという方向を打ち出しました。そして三百六十億ガロンのうちうちの百五十億ガロンはトウモロコシで製造する。残りの二百十億ガロンは第二世代のエネルギー資源と言われるいろんな廃棄物。例えば材木のかけらや残飯、食用にならない雑草みたいなものを開発して、二百十億ガロンを調達する。しかし、この二百十億ガロンについては、安いコストで生産できる技術がまだ確立していない。いずれにしても百五十億ガロンをトウモロコシから作るということを言いだしているわけです。

 それからもう一つ重要なのは、二〇〇五年法も、二〇〇七年法もアメリカのエネルギー省所管の法律だという点です。日本で言えば経済産業省のエネルギー庁の所管ということになります。したがって、これに補助金を出すというのは、WTOで問題になっている「農業補助金の範疇には含まれない」というのがアメリカの言い分です。具体的にどういう補助金を出しているのかというと、エタノール製造のプラントを建設する資金の一部、あるいは銀行から金を借りて建設する時の金利負担等々です。

 アメリカに行くと、このごろはガソリンスタンドで「E10」とか「E85」という表示が目につく。「E10」というのはエタノールが一〇パーセント混じっている、「E85」というのは八五パーセント混じっているガソリンのことです。エタノールを混ぜたガソリンのガソリン税を安くする。そういうことを連邦政府はやっている。中西部のいくつかの州でも、州独自でやっているんですね。

 これは事実上農業者を助ける事になるので、「隠れた農業補助金だ」というのが、EUやケアンズグループといった他の農産物輸出国の指摘です。実はこれもWTO交渉でまだ解決していない問題です。

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