滋賀の生協 No.145 (2008.9.25
二〇〇八年度国際協同組合デー記念 県内協同組合合同研修会
『世界と日本の食糧事情』
京都大学名誉教授・大妻女子大学教授 中野 一新さん

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穀物・石油メジャー参入

  エタノールプラント工場というのは、当初はアメリカの農業団体、とりわけ中西部の「新世代農協」と呼ばれる農協が中心となって取り組み出したものです。トウモロコシ生産農家や農協が出資して、エタノール工場を建設し、トウモロコシを原料にしてエタノールを製造する。そうすると自ら生産したトウモロコシに「付加価値」を付けて売ることになりますね。だから儲けが大きい。それから、中西部の穀倉地帯は働く場が少ない、日本でいう中山間地域です。だから、若い人や中年の人たちの働く場もできるということで取り組みだしたわけです。

 ところが経営がなかなかうまくいかない。そこで結局、穀物メジャーとか、石油メジャーが、この市場に乗り出してくるわけです。穀物メジャーはトウモロコシを買い集める集荷能力は抜群です。石油メジャーは製造したエタノールの販路が確立している。そこで、農業者や、農協がつくった経営不振のエタノール工場を穀物メジャーや石油メジャー系列の企業がどんどんM&Aで買収をするということになってきました。

 現在総生産能力が七十八億八千八百万ガロン。現在建設中のものがさらに五十五億三千六百万ガロンあります。そのうち、ADMやカーギルといった穀物メジャーが四十一億九千三百万ガロン、すでに六割を占めている。建設中のものも加えると六十億ガロンを超すということで、穀物メジャーや石油メジャーが中心となって中西部のエタノール生産を牛耳るという体制が形成されつつあります。

エタノール・ラッシュ

 次に、中西部穀倉地帯の農業生産はどう変わってきたのだろう。「農地の油田化」とか「黄色いダイヤ」という見出しが新聞やテレビをにぎわすぐらい、「エタノール・ラッシュ」で中西部農村は沸いています。

 トウモロコシの作付面積は、二〇〇一年当時の七千五百七十万エーカー(一ヘクタール=四十エーカー)から二〇〇七年の九千三百六十万エーカーへ、実に二千万エーカー近く増えている。日本の農地面積は耕作放棄地も入れて今四百二、三十万ヘクタールですから、トウモロコシだけで日本の約十倍作付けていることになります。

 一方、大豆は七千四百七万エーカーから六千三百六十万エーカーという事で千万エーカー以上減っています。

 これはどういう事かっていうと、これまで中西部の東側は「コーンベルト」と言われるトウモロコシの地帯で、トウモロコシと大豆を隔年で栽培してきました。他方西側は小麦と大豆とを隔年で栽培してきました。いずれも連作障害を避けるために、輪作を実施してきたわけです。しかし、トウモロコシの方が儲かるということでトウモロコシを連作して大豆の作付面積を減らしてきたわけです。

 他方、中西部の西側の小麦地帯。ここでは、東側での大豆の作付面積が減って大豆の価格がはね上がったので、小麦の作付面積を減らして、大豆をたくさん作付けるということになったのです。結局、トウモロコシも、大豆も、小麦も異常に価格が跳ね上がる。そういう事態が発生しています。

 もうひとつは人間の口には入らないエタノール原料用トウモロコシの大半はGM品種であるという点です。綿花や大豆は、二〇〇〇年頃から過半がGM品種でしたが、トウモロコシは二五パーセント程度にとどまりました。それがどんどん跳ね上がって二〇〇七年には七十三パーセント。今年の速報値では八十パーセントにまで上昇しています。

 非GMのトウモロコシを手に入れること自体が難しい時代になってきているわけですね。すでに日本にもGM品種が大量に入ってきているわけです。いくら豆腐屋さんや納豆屋さんや味噌屋さんが頑張っていても、例えば食用油だとか飼料といった形態でGM品種がドンドン入ってきている。レストランで食べる。デパートの地下で食材を買う。その食材はGM品種か、そうでないかというチェックはできないでしょう。もう家庭でいくら頑張って安全なものを子どもさんに食べさせようとしても、外側から崩れてきちゃっている。そういう危険性がますます強まってきています。

水田農業の維持と飼料米

 ちょっと脱線させてもらいますけれども、日本は米の消費量が減ったという事で約四割の減反をしてきました。農水省の方針は、「四割近くは休耕ではなく転作」と言ってきたわけです。転作とは畑作物に転換するということでしょう。それが良いのかという問題です。つまり日本の水田農業、あるいはアジアのモンスーン地帯の水稲稲作というものは、世界でも最も優れた農法のひとつです。連作障害が発生しない。水を扱っているために、水と一緒に連作障害を起こすバクテリアをみんな流しちゃうわけですね。ですから西日本などは、おそらく弥生時代から二千年近く毎年米を作っているところもあるわけです。

 ただ、米の消費量が減ってきているわけですから、餌米と食用米とをワンセットで考え、食用米が足りなくなれば食用米の作付面積を増やす。食用米が余ってきたら餌米の作付面積を増やす。こういう調整機能を持たせて、水田農業を守っていくことを、これからの日本農業のめざすべき方向としなければいけないんじゃないか。

 米で家畜を飼うことは、家畜栄養学上からみてもOKなんです。問題は餌の値段、米の値段なんです。輸入餌が今回の高騰までは大体トン当たり三万円でした。日本の国産米が大体二十一、二万円です。この七倍から八倍の差をどう埋めていくか。餌米の研究が進んできて、十アール当たり八百キロ台は可能になってきました。これが二トンになれば輸入餌と対等にいける。転作奨励金を加味すると、千五百キロぐらいまで収量が上がれば、輸入餌とトントンで対抗していけると言われています。

 長い目で見た時に、水田を畑地に転換するのではなく、伝統的な水稲稲作体系というものを維持していかなければならないんじゃないか。私はそのように考えています。

 一方で四割の減反がある。その時に、転作、つまり水田の畑作化という方向で農水省が掲げる五〇パーセントの自給率を追求するのか、それとも私の言っているような方向で追求するのかで、わが国農業の将来像は大きく変わってくる。もとより餌米と食用米とをワンセットで考えて、それでペイするような体制を作っていくためには、相当の期間と相当の国家的な補助がなければできません。けれども、五十年、百年といったロングレンジで見た「わが国の食料をどうするか」という考えからすれば、考えようによってはそんなに高い金額ではないですよ。そこのところを決断しないと、「食料の自給率アップ」をいくら声高に叫んでみても、一向に抜本的な解決策を見い出せないように思います。とりわけ滋賀県のような米どころでは、この問題は非常に切実だろうと私は考えています。

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