次に「アメリカにおけるトウモロコシの需給構造の変化」ということについて見ていきます。エタノール用のトウモロコシの消費量は二〇〇三年の二千九百七十万トンから年々増えてきております。二〇〇六年には五千三百八十万トンということで、トウモロコシの輸出量五千四百万トンとほぼ拮抗する。そして二〇〇七年にはついにエタノール用が八千百三十万トンに対して、輸出量が六千三百五十万トンということで、エタノール用が輸出用を大きく上回ることになってしまった。このことが日本の畜産農家にも甚大な影響を及ぼすことにつながってきているわけです。
私はこう考えています。
アメリカの農業生産というのは、戦前は二F「フード&ファイバー」だったんです。ファイバーとは「繊維」です。綿花だとか、麻だとか、羊毛だとか。つまり農業というものは、食料の生産と繊維の生産から成り立っていました。
ところが、一九五〇年代になると三F「フードとファイバーとフィード」に推移するわけです。フィードとは「餌」です。つまり家畜に穀物を食わせて育てる。「乳を搾る」「卵を取る」というようになるのは第二次大戦が終わってからなんです。
それまでは、牛肉だってステーキ用の牛肉はありましたが、ほとんどの牛肉は屠殺するまで放牧していた牛の肉です。放牧しているから肉に脂がのらない。だから挽肉にしてラードを混ぜて、練りあげて、ハンバーガーにするでしょう。そういう脂ののらないステーキ肉を食べていたわけです。金持ち以外はね。今のアメリカの家畜の飼い方というのは屠殺する前の短くて三ヶ月、長ければ五ヶ月間ほど、畜舎に入れて濃厚飼料をたらふく食わせて肉に脂をのせる。だからジューシーなステーキ用の肉を私たちは食することができるわけです。こんなおいしい牛肉を私たちが食べられるようになったのは戦後になって穀物が過剰になってからです。それまでは人類は家畜に穀物を食わせる余裕がなかったのです。
そして二〇〇〇年代に入って、四F「フードとファイバーとフィードとフューエル」の時代に移りました。「フューエル」は燃料です。こうした状況に沿う方向へ、中西部の農業構造も変わってきているんだと私は考えています。
これまでアメリカの中西部は「エタノール・ラッシュ」で「農家は絶好調だ」と言ってきました。だけど、それは穀作農家にとってなんです。畜産農家は全く違う事態です。中西部というのはアメリカでも一番家族農業経営が盛んなところで、「有畜複合経営」と言って、一部で穀物を栽培し、一部で家畜を飼う。そういう経営が一般的でした。そして家畜の糞尿は土地に戻す。そういう自然循環ができていました。
それからもう一つ、農家が「肉で売るか」「餌で売るか」を選択できたということです。「食肉の値が上がりそうだ」となれば、大豆やトウモロコシで売る量を減らして、家畜の使用頭数を増やす。ところが「肉ではちょっと危うい」ということになれば家畜の使用頭数を抑えて、トウモロコシや大豆で売る量を増やすわけです。そういう調整機能を「有畜複合経営」は持っているわけです。非常に優れた経営形態です。
これが一九七〇年代以降、畜産で行く農家と、穀物栽培で行く農家とに特化して行く。そして畜産で行く農家は、カーギルやADMといった穀物メジャーにみんな系列化されていくわけです。そのために畜産農家は餌が跳ね上がるわけですから、アメリカでも経営が苦しくなっている。農業資材も原油価格が跳ね上がる。肥料の原料であるカリウムとかリン酸とかも異常に跳ね上がってきている。ですから決して万々歳ではないわけですね。家族農業経営がこれまで一番発展してきた中西部が、エタノール製造を媒介にして、穀物メジャーや石油メジャーに牛耳られる。そういう構造にアメリカとりわけ中西部の農業が推移してきているというのが私の見方であります。
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