滋賀の生協 No.145 (2008.9.25
二〇〇八年度国際協同組合デー記念 県内協同組合合同研修会
『世界と日本の食糧事情』
京都大学名誉教授・大妻女子大学教授 中野 一新さん

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アメリカ農業生産の変遷

 次に「アメリカにおけるトウモロコシの需給構造の変化」ということについて見ていきます。エタノール用のトウモロコシの消費量は二〇〇三年の二千九百七十万トンから年々増えてきております。二〇〇六年には五千三百八十万トンということで、トウモロコシの輸出量五千四百万トンとほぼ拮抗する。そして二〇〇七年にはついにエタノール用が八千百三十万トンに対して、輸出量が六千三百五十万トンということで、エタノール用が輸出用を大きく上回ることになってしまった。このことが日本の畜産農家にも甚大な影響を及ぼすことにつながってきているわけです。

 私はこう考えています。

 アメリカの農業生産というのは、戦前は二F「フード&ファイバー」だったんです。ファイバーとは「繊維」です。綿花だとか、麻だとか、羊毛だとか。つまり農業というものは、食料の生産と繊維の生産から成り立っていました。

 ところが、一九五〇年代になると三F「フードとファイバーとフィード」に推移するわけです。フィードとは「餌」です。つまり家畜に穀物を食わせて育てる。「乳を搾る」「卵を取る」というようになるのは第二次大戦が終わってからなんです。

 それまでは、牛肉だってステーキ用の牛肉はありましたが、ほとんどの牛肉は屠殺するまで放牧していた牛の肉です。放牧しているから肉に脂がのらない。だから挽肉にしてラードを混ぜて、練りあげて、ハンバーガーにするでしょう。そういう脂ののらないステーキ肉を食べていたわけです。金持ち以外はね。今のアメリカの家畜の飼い方というのは屠殺する前の短くて三ヶ月、長ければ五ヶ月間ほど、畜舎に入れて濃厚飼料をたらふく食わせて肉に脂をのせる。だからジューシーなステーキ用の肉を私たちは食することができるわけです。こんなおいしい牛肉を私たちが食べられるようになったのは戦後になって穀物が過剰になってからです。それまでは人類は家畜に穀物を食わせる余裕がなかったのです。

 そして二〇〇〇年代に入って、四F「フードとファイバーとフィードとフューエル」の時代に移りました。「フューエル」は燃料です。こうした状況に沿う方向へ、中西部の農業構造も変わってきているんだと私は考えています。

 これまでアメリカの中西部は「エタノール・ラッシュ」で「農家は絶好調だ」と言ってきました。だけど、それは穀作農家にとってなんです。畜産農家は全く違う事態です。中西部というのはアメリカでも一番家族農業経営が盛んなところで、「有畜複合経営」と言って、一部で穀物を栽培し、一部で家畜を飼う。そういう経営が一般的でした。そして家畜の糞尿は土地に戻す。そういう自然循環ができていました。

 それからもう一つ、農家が「肉で売るか」「餌で売るか」を選択できたということです。「食肉の値が上がりそうだ」となれば、大豆やトウモロコシで売る量を減らして、家畜の使用頭数を増やす。ところが「肉ではちょっと危うい」ということになれば家畜の使用頭数を抑えて、トウモロコシや大豆で売る量を増やすわけです。そういう調整機能を「有畜複合経営」は持っているわけです。非常に優れた経営形態です。

 これが一九七〇年代以降、畜産で行く農家と、穀物栽培で行く農家とに特化して行く。そして畜産で行く農家は、カーギルやADMといった穀物メジャーにみんな系列化されていくわけです。そのために畜産農家は餌が跳ね上がるわけですから、アメリカでも経営が苦しくなっている。農業資材も原油価格が跳ね上がる。肥料の原料であるカリウムとかリン酸とかも異常に跳ね上がってきている。ですから決して万々歳ではないわけですね。家族農業経営がこれまで一番発展してきた中西部が、エタノール製造を媒介にして、穀物メジャーや石油メジャーに牛耳られる。そういう構造にアメリカとりわけ中西部の農業が推移してきているというのが私の見方であります。

投機マネーと穀物異常高騰

 これまでお話しましたのは、世界の穀物価格が異常に高騰してくる。あるいは食用の穀物が不足してくる。そういうベースになる原因を「穀物のエタノール化」から説明をしてきました。しかし、今日の世界的な異常な穀物の高騰の原因は、こうした点だけにあるのでは決してありません。そこが大変重要なことであります。

 去年の秋からアメリカで「サブプライム問題」が発生しました。これが発端になってアメリカの金融市場が大混乱をきたしています。株は下がる。国債は下がる。

 なんで「サブプライム問題」が世界中に広がる事になったのか。サブプライムで不良債権を抱えている金融機関の数はしれているんです。しかし、債権を抱えている銀行の株を持っている企業というのがあるわけです。その企業の収益は落ちますよね。するとまた、その企業の株を持っている企業や個人の投資家がいるわけです。だから玉突き現象で影響がどんどん広がっていく。それが国境を越えて際限なく広がるわけです。アラブの石油王たちも、ヨーロッパの元貴族層の大金持ちたちも、アメリカの成金投資家たちも巨額の投資をくり返す。そういうものが全部値崩れを起こしてきたために大やけどをした。そこでみんなが金融商品の「売り逃げ」、株の売り逃げ、債券の売り逃げ、様々なデリバティブの売り逃げをしだしたわけです。

 でも、金融資産を売り逃げしても、現金(cash)に戻した時に「たんす預金」をしていたのでは利益が増えない。そこで目を付けたのが商品市場(実物市場)です。商品市場の中でも一番の中心は「先物市場」だと言われています。「先物市場」の中心は、一つは原油を柱とする鉱物資源です。だから銅の値段も、鉄鉱石の値段も、プラチナの値段も上昇する。金の延べ棒も上がる。その一環でカリウムやリンの鉱石の値段も上がったわけです。

 もう一つは「農産物市場」とりわけ穀物市場です。今、原油の先物市場と穀物の先物市場に、金融市場で嫌気がさした投資マネーが殺到しています。それで、異常に原油の価格が上がり、穀物の価格も跳ね上がっている。

 七月十五日に経済産業省が発表した『通商白書』は「昨今の穀物や原油価格高騰の二五~四八パーセントは、投機的資金の商品市場への流入による『押し上げ効果』」によると分析しています。

 具体的に数字を紹介しますと、トウモロコシは、一ブッシェル(トウモロコシの場合は二五キログラム)のベースになる価格が三・一ドル。「押し上げ効果」によるものが二・九ドルで、都合現在の市場価格が六・〇ドル。つまり値上げの四八パーセントは投機的マネーで吊り上げられていると推定しているわけです。小麦の場合も一ブッシェル(小麦の場合は二七キログラム)のベースになる価格が五・一ドル。押し上げ効果が二・七ドル。合わせて七・八ドル。三五パーセントが投機マネーで吊り上げられている。おそらく投機マネーの「押し上げ効果」は経済産業省の推計値よりも、はるかに大きいと思われます。

 経済産業省ですら、異常な高騰の原因が投機的なマネーにあると認めざるを得ない状況に立ち至っている。ヘッジファンドやハゲタカファンドに、今日の日本の食料も世界の食料も左右されている。そういう現実を直視していただきたい。これが本日の私の話の結論です。ご静聴ありがとうございました。

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