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『鉄が地球温暖化を防ぐ』 畠山 重篤さん(1)

滋賀の生協 No.144 (2008.6.20
『鉄が地球温暖化を防ぐ』
畠山 重篤さん
 「びわ湖の湖底の低酸素化とその結果が引き起こす生態系の破壊と水質汚染」という事態を食い止める方法にヒントを与えてくれる事例として、宮城県本吉郡唐桑町において、一九八九年から「森は海の恋人」運動の植林活動を進めておられる畠山重篤氏の取り組み活動を学ぶ目的で三月二八日~二九日に県連役員研修を実施しました。そして、私たちは畠山重篤さんから貴重なお話を聞きました。以下はその内容です。

畠山 重篤 プロフィール

1943年中国上海生まれ
宮城県本吉郡唐桑町在住
「牡蠣の森を慕う会」代表
京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授

 高校卒業後、牡蠣、帆立の養殖に従事する。家業のかたわら「森は海の恋人」を合い言葉に、気仙沼湾に注ぐ大川上流の室根山へ植樹運動を続ける。
 森は海の恋人運動は各方面で高く評価され、一九九四年に朝日森林文化賞を受賞。

著書には「森は海の恋人」(文春文庫)、「漁師が山に木を植える理由」(成星出版・松永勝彦北大教授と共著)、「漁師さんの森づくり」(講談社)等多数。

『森は海の恋人』

畠山重篤 著

234ページ
出版社: 文藝春秋
『漁師が山に木を植える理由』

畠山重篤・松永勝彦 著

173ページ
出版社: 成星出版

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世界初の森里海連環学
   我々は東北ですから、関西との付き合いがあまりなかったんですけど、たまたま五年前にここに、京都大学から林学、河川生態学、それから水産の博士がお見えになりました。

 私たち漁師が山に木を植えるというようなことは、研究者から見れば非常に驚きなんだそうです。今の学問は縦割りで、狭くて深い体系になっておりますから、山から海までどうなっているかということを大学は研究してなかったんですね。

 海の潮水だけでは生き物は育たないんです。山に降った雨が川を流れて、淡水と海水が混ざり合っているところで、我々が食べている生き物は獲れているわけです。海藻類がその典型です。播磨灘でも、吉野川や紀の川の淡水と海水が混じり合って海苔が獲れている。わかめも、てん草も、とにかく海藻類は絶対潮水だけでは育たない。厳島の牡蠣も太田川の河口の淡水と海水が混じり合った汽水域で獲れる。

 ただ学問的には、こういうことはほとんど解明されていないんですね。京大の先生方も心ある方々はそう思っていらっしゃるんですけれども、なかなか壁を越えることは難しい。今大学は独立行政法人となって、独自のカラーをださないと生き残れなくなったという背景もあるんですね。

 林学という学問は非常に広い演習林を持っているんですよ。京大でも北海道の釧路あたりにも何千ヘクタールも持っていますし、京都の周辺では芦生演習林とか、和歌山の方とか、あちこちに持っているんです。でも今林業が凋落してますもので、「そんなに山を持っていてどうするんだ」ということを会計検査院から言われるらしいんですよね。山を持っているとものすごく管理費がかかるんです。まず一つそういう事があるらしいです。

 理学部も京大のフィールドは和歌山の白浜にあるんです。水族館も持っていて、海辺にものすごい敷地があるんです。でも大体大学がやっている水族館なんて赤字ですから、「そんなもの持っていてどうするんだ」ということですね。

 水産は舞鶴に実験場があるんです。ここは世界で一番魚の標本が集まっているという有名な実験場ですね。でも海の実験場というのは、船もなければならない。また金がかかるんです。そういうことで締め付けがいろいろあるんですね。

 これは、それぞれ単体で考えたら持ちこたえられないという事で「森林から海までが全部繋がっている」という格好で、今までバラバラの農学部、理学部の運営だったものを一つの組織にして「京都大学フィールド科学教育研究センター」という組織を作ったわけです。普通自然は森川海ですけれども、環境ということを考えれば、里にいる人間が問題です。自然を良くするのも悪くするのも人間です。自然と人間の関わりも研究しなければいけないということで、文系も絡ませた。さらにもう一つ、「研究」の前に「教育」がついた。一年生の教養課程の学生たちに私も講義をさせられているんです

 そうして「森里海連環学(もりさとうみれんかんがく)」という学問を世界で初めて京大からスタートしたわけです。


▲畠山さんのお話を熱心に聞く研修参加者

海の生物を研究する林学
 しかし、具体的にスタートさせようと考えた時に、それぞれの専門の先生はいらっしゃるんですけれども、トータルに話が出来る教授がな いなということに気がついたんですね。

 私は水産高校しか卒業してないですけど、働きながら山に木を植えるということは、海から森までの自然と人間との関わりが見える。そん な活動を二十年近くやっていますから、人間とは何かということが他の人より見えている。

 C・W・ニコルという作家がいらっしゃいますけれども、あの方が日本の環境政策怒りを持っていて、「お役人と折衝しても仕方がないか ら」と、彼が得た収入で長野県に自分の山を買って、そこに環境関係の各種学校をつくって、学生たちの実習の場を提供しているんです。「 私は海で、ニコルは山でやっている」ということで、京大がニコルさんと私に称号を贈るというんですね。「京大フィールド研社会連携教授 」という辞令をいただいて、フィールド研の運営を手伝ってくれということになっちゃったんです。

 五年前に立ち上げの大きなシンポジウムがあったんですけれども、外国のえらい海洋学者が来れなくなったということで、畏れ多くも私の ような素人が総長をはじめえらい方々が並んでいるところへいって、基調講演をさせられることになりました。体験談を話したわけですが、 現場からの報告が新鮮に受け止められたようです。

 そんなことで、今フィールド研と関わって、時々京都まで行っています。

 それから「ポケットセミナー」という制度があって、一年生、二年生の少人数の生徒にマンツーマンに近い形で教育をするんですけど、夏 休みには七、八人の学生が、林学と水産の先生がついて、ここへ来ているんです。

 そうしているうちに、あっという間に五年目を迎えるんです。芦生から舞鶴の方へ流れる由良川という川がありますね。あそこで林学をや っていた学生が「森の成分は海の生き物とどういう関係があるか」ということを研究していたんですが、その学生が水産学科の大学院に今年 行く事になったんです。これは歴史的なことなんです。今まで縦割りで林学をやっていた学問が、海の生物のことを考えるようになった。非 常に明るい気持ちでいるわけです。

植物の成長に必要な鉄
 鉄とは何か。鉄というのは錆ができるとか、製鉄所でCO2を一番出しているとか、あまりイメージはよくないと思います。

 私は二十年前に北海道大学の松永勝彦という化学者と出会いました。この先生は化学者の目で生物を見るという「境界学問」、化学と生物 学の間の学問をされた方なんですね。そして、「森の養分が海にとって大事な役目をしている」というメカニズムを、世界で初めて解明され た方なんです。そのメカニズムの核となる成分が「鉄」なんですけど、それ以来私はずっと漁師の目線で「鉄」を追いかけてきているわけで す。

 今私は「鉄が地球温暖化を防ぐ」というタイトルの本を書いているんです。血液の中のヘモグロビンの中心元素は「鉄」です。鉄が酸素 をくっ付けて体の隅々まで運んでいるんですね。そして酸素を切り離して、炭酸ガスを受取ってまた戻ってきて、肺から吐き出す。こういう ことを「鉄」はやっているんですね。他の元素ではこういうくっつけたり離したりという離れ技は出来ない。「鉄」というのは類まれな特性 を持っているということです。

 化学の講義に必ず出てくるたとえを一つ。シアン化合物、青酸カリですね、これを飲むとなぜ死ぬかと言いますと、シアン化合物というの は酸素よりも鉄との相性が良いんです。ぱっとヘモグロビンとくっついてしまう。そしてあっという間に呼吸困難になってしまうんです。実 験はしないほうがいいですね。

 植物では、「鉄」はどういう働きをしているかと言いますと、植物は窒素、リン、カリとか、そういう肥料を体の中に吸収します。でも、 それを塊のまま吸収するわけではなく、水に溶けたものを吸収するわけです。でもそういう窒素やリンは単体で存在することはまずないわけ で、いろんなものとくっついて安定した形になっている。海の中では窒素は硝酸塩という形で、リンはリン酸塩という形で水の中に溶け込ん でいる。これを植物が吸収するときに、いろいろくっ付いているものを剥がしてやらないといけない。その剥がす作用を「還元」というので すが、「還元作用」をやる実働部隊は「還元酵素」というものなんですね。「酵素」というのはいろんなものをくっ付けたり、剥がしてやる 作用をするんです。その「酵素」が活発に動くには、ほんの少しでいいんですけど、「鉄」がいるんです。ですから、植物は肥 料を吸収するときにどうしても鉄がいるんですね。

 実は農家の方は、鉄分を含んだ肥料を畑に撒いてやると「肥料の吸収が良い」ということはみんな知っているんですよね。例えば松の盆栽 がに元気がなくなったら、釘をさしてやればもう元気になる。東北の場合は、昔は雪が降ると、赤土の崖の土を馬そりで運んで、田んぼに入 れたんです。それを「客土」って言うんです。それは鉄を供給するんです。


▲身振り手振りを交えながらお話される畠山重篤氏と後ろでそれを見守る息子の畠山信(マコト)氏。

海に「鉄」がない理由
 そういうふうに植物が成長するにはどうしても「鉄」が必要になるのですが、陸の場合は、土の中に鉄が含まれていますが、海は「鉄」 がまるっきり不足しているんです。

 話はそれますが、地球は水の惑星って言われます。しかし、特に真水の場合は地球の全質量のたった〇・〇三%しかないんですよ。ところが「鉄」は三割。地球は「鉄の惑星」なんですね。

 それで、四十六億年前に地球が出来たと言われますけれども、初めはとても熱かった。それがだんだん寒くなって、雨が降って海ができる。火山の爆発で亜硫酸ガスなどが飛んできますから、その時降った雨は酸性雨だったんですね。酸性は鉄を溶かしますから、海の中に鉄分が色濃く出てくるんですね。ところが昔は酸素がないですから「鉄」はお砂糖を水に溶かしたようにイオンという形で溶けてるわけですよ。当時は、大気はCO2だらけでしたから。

 ところが今から三十七億年前に地球上に光合成をする生物、シアノバクテリアが大量発生し、光合成で二酸化炭素から酸素を分離して吐き出したわけですね。この酸素が海水の中の鉄イオンと結びついて、酸化鉄に変え、それが沈殿・堆積して、広大な赤鉄鉱の鉱床を形成した。このシアノバクテリアが固まったストロマトライトが、オーストラリア西部の鉄鉱床のすぐ隣の海、シャーク湾というところに今でもこれが生きていて、酸素を出しているんです。

 これが地球の歴史ですね。だから海に鉄がない。

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