活動のご案内

トップページ > 活動のご案内 > 環境の取組 > 『鉄が地球温暖化を防ぐ』 畠山 重篤さん(2)

『鉄が地球温暖化を防ぐ』 畠山 重篤さん(2)

滋賀の生協 No.144 (2008.6.20
『鉄が地球温暖化を防ぐ』
畠山 重篤さん

<<PAGE1 PAGE2
海の光合成の鍵は「鉄」

 世界の七不思議と言われていたHNLC(High Nitrate Low Chlorophyll)海域というのがあるんですね。Hは「高い」、Nは「養分」 、Lは「低い」、Cは「葉緑素」。つまり栄養塩はいっぱいあるけれども、プランクトンの発生が少ない海域。こういう海域があるというこ とは知られていたんですけれども、なんでそうなのかということが、五十年ぐらいわかんなかったんですね。HNLC海域は南極海とか、赤 道付近とか、アラスカ湾とかが有名なんですが、世界の海洋学者が調べてもなかなかわからなかった。

 つまり海の底から高知の室戸岬に 「深層水」が湧いているのはご存知ですね。深い海っていうのは光が届かないから、植物プランクトンは全然いないですけど、窒素、リンは 濃厚に含まれているんですね。

 なんで「深層水」に窒素・リンがあるかと言いますと、冬になりますと北極海も凍ってきます。真水分か ら凍ってきて塩分濃度が濃くなってきますから、水が重たくなって四千メートルの底まで沈むんです。沈んだ水はどこに行くかといいますと 、大西洋の底を這って南下していくわけです。南極の方でも同じような理屈で沈んでいるわけでから、それが一緒になるんですね。それで、 これが太平洋の底を這ってずっと北上してくるわけです。そして北緯五十度のところから湧き上がってきているんですね。大体千年から二千 年かかって、地球全体の海を一回転する大きな流れになっている。これが「深層大循環」と言うんですね。

 海の生き物は死ぬと海の底で 分解して窒素、リンになります。海の底は、ばい菌もいないし、栄養源が濃い。これが北洋漁場に上がってきて、窒素、リンを供給している 。そして春先にはお日様が当たって光合成が活発になってくる。しかし、「鉄」はないんですね。「鉄」はどこから来るかと言うと、実は黄 砂が運んでくるんです。黄砂が来なければ北洋海域のスケソウダラも、鮭、鱒も獲れません。

 その事に気づいたのが、アメリカのジョン ・マーチンという学者です。彼は、アラスカ湾には窒素、リンがあるのにプランクトンが増えてくれない。日本の方に近づくほどプランクト ンが多い。それは黄砂が届かないからだ。「これは鉄じゃないか」「HNLC海域に不足しているものが鉄だ」という事がわかるんですね。 鉄さえ供給すればプランクトンが増えてくる。それで、早速南極の水を取り寄せて、「鉄」を入れるとプランクトンがわあっと増えることが わかった。今から二十年前です。これは「鉄仮説」。つまり、海の光合成の鍵を握っている物質が「鉄」だという事がわかるわけですね。

「鉄」が地球温暖化を防ぐ

 今は最後の氷河期から一万年しか経たっていない。寒い時期は十万年なんですね。南極のボストーク基地という所が、氷のボーリングを していて氷の分析をしたんです。この寒い時に氷の中に何か含まれていたか。今より三十倍の砂が飛んでいたんです。南極海にオーストラリ ア大陸の方から風が吹いていて鉄が飛んでいた。つまり海のプランクトンが光合成で大発生している時は、CO2を吸収しますから、その時 は寒くなる。逆に黄砂が飛ばなくなると暖かくなる。ということに気がつくわけです。

 それをシミュレーションして「三十万トンタンカ ー一杯分の鉄を南極海に散布することにより、年間に世界で排出される二酸化炭素の半分程度が吸収される」とマーチンは言うわけです。た った三十万トンタンカー一杯分の鉄を南極海に供給してやれば寒くなる。

 そういう研究が認められて「じゃあこれから実験だ」という時 にジョン・マーチンは五六歳で、癌で死ぬわけです。でもその後、弟子たちが実験をして、南極海に実際「鉄」を撒いてみたら、人工衛星か らわかるぐらいにプランクトンが増えていることがわかった。

 ただ、CO2が吸収されているかどうかは、プランクトンがわいて、プラ ンクトンの死骸が海の底に沈まなきゃいけないわけですね。この観測がなかなかできなかったんですが、千メートル、二千メートル上がった り、下がったりできるロボットが開発された。プランクトンの死骸(マリンスノー)が海に落ちていくのが観測されるんですよ。このことが 確かめられて、ジョン・マーチンの「鉄仮説」は「鉄理論」になったわけです。

 ただ、この研究は圧倒的にアメリカが情報を握っている 。京都議定書にアメリカが乗ってこないのは、この研究が進んでいるからなんです。ですから、温暖化のCO2の問題はですね、実は政治的 な色合いもものすごく濃いんですね。

海藻からバイオエタノール

 それともう一つの可能性は、エタノールです。ただ食料をエタノールにするということで穀物相場が上がっていますよね。さらに熱帯雨 林が破壊されているわけですけど、海の海藻からエタノールが作れるという事がわかったんです。これは食料ではないですし、新しく山つぶ す必要もない。目の前にある海をどう活用するかということなんですね。北海道の半分の面積、大体四万平方キロメートルぐらいの海に海藻 をはやして、それでエタノールを作れば、日本の排出するCO2の殆どを固定化できるという計算が成り立つんです。

 実は三菱総合研究所がこの研究を本格的に始めているんです。舞鶴の水産試験場でも「ホンダワラ」の養殖試験をやっているんですけど、これを海で養殖してエタノール化すれば、森林破壊や、食べ物も関係ないし、自前の燃料とCO2問題の両方が解決できる。日本はそういう国なんですよ。

 日本って海岸線は世界でトップに近いぐらいの長さがあるんですよね。この日本海側と太平洋側のほんの少しの海でずうっと海藻を養殖してやる。そうすれば原料はできる。

多環芳香族の沈降

 だから海のことを視野に入れないと温暖化問題は解決しない。しかし、それは森と川と海との関係をちゃんとしておくことが条件なんです。

 沿岸域に「鉄」はどこから来るか。森から来る事がわかったんですね。これが我々漁師が山に樹を植えている理由です。樹齢百年のぶなの 木には葉っぱ三十万枚ついている。その葉っぱが秋に落ちますね。腐葉土ができます。腐葉土ができますと、土の中に酸素がないところがで きる。酸素がなければ土に含まれている「鉄」が水に溶けます。ところがこれが川に流れていくと酸素がありますから、また酸化してしまう 。酸化鉄はでかすぎて植物の細胞膜を通過できない。しかし、海では、海苔もわかめも採れる。牡蠣もあさりも獲れる。どこからか「鉄」が 来ているんですね。調べていたら、この森林の腐葉土ができる時に、「フルボ酸」という酸が出て、これが「鉄」と相性が良いんです。くっ ついて「フルボ酸鉄」になります。これは小さい塊の「鉄」で、しかも酸素と出会っても酸化しない。これが川から海に流れて、植物に取り 込まれるまで漂っていられる「鉄」なんです。

 沿岸域の河口地域はどこへ行っても魚や貝が獲れるのは、こういう鉄が供給されているからなんです。文字通り「森と海は恋人」なんです ね。日本列島は真ん中に山脈があって、日本海と太平洋に、二級河川まで含めると二万一千本川が流れ込んでいます。

 大阪の関空は今水産の世界では有名なんですよ。あのまわりにものすごい海藻が生えているんです。魚もすごいんです。あんな汚い海にね 。「それはなぜか」関空って地盤沈下がひどいじゃないですか。それで、最初ここに「鉄鉱石」を入れたんです。

 「もののけ姫」の映画はね、タタラ(踏鞴)が舞台になっていて、鉄を作ることが罪を作る。森林を切って、鉄が武器になって、それで戦 争になっちゃう。宮崎駿は「鉄」のイメージがすごく悪いんですよ。だけど「鉄」のこのメカニズムを盛り込んで物語を書けばまた違った世 界が見えてくるはずだと思うんです。

 これは広島大学の先生から聞いたんですけれども、昔、山口から中国地方、京都のあたりまでタタラ場があった。タタラは炭をおこして、 三日三晩だか風を送り込んで「砂鉄」を溶かす。その塊を細かく割って玉鋼とかいろんなものをとりますね。残った「鉄」は全部山に捨てて いたわけです。それが今すごく残っているわけです。そうするとまわりは森林ですから、葉っぱが落ちてイオン化した鉄と「フルボ酸」が結 びついて「フルボ酸鉄」になって瀬戸内海に流れているんですよ。瀬戸内海はね、立方メートルあたりのプランクトンの生産量が世界一高い 海なんです。

 それから北海道の日本海側の「磯やけ」。昔昆布がいっぱい採れたところが、今、真っ白になって何にもないんですよ。山を伐ってしまっ たということと、海岸を全部道路にしてコンクリートで固めているわけですよ。そうすると森の「鉄」が海に来なくなる。そうすると、海が 真っ白になったんです。じゃあ緊急策ということで、新日鉄が「鉄鋼スラグ」という、鉄を作ったカスに腐葉土を混ぜたものを袋に詰めて、 穴を掘って海に埋めておいた。すると昆布がもう、信じられないほど生えてきたんです。

 ということで若干文句を言ってくる人もいる かもわかりませんけども、私たちは今まで地球温暖化には絶望しかなかったけれども、ジョン ・マーチンの研究一つ知っただけでも希望を与えられるんじゃないかと思うわけです。六月末に発表される拙著「鉄が地球温暖化を防ぐ」( 文藝春秋)を是非読んでみて下さい。思わぬ世界が見えてくるはずです。


▲入り組んだリアス式海岸で知られる宮城県の唐桑半島。その内に分け入ったところにひっそりと位置する舞根湾。ここに畠山重篤さんの牡蠣の養殖場があります。

▲畠山重篤氏は「森は海の恋人」(文春文庫)をはじめとして何冊も著作を出版されています。それを販売される奥さん。

▲これから船で舞根湾の牡蠣の養殖場を見学。向かって右端が息子の畠山信(マコト)氏。中央は加納県連会長。

▲研修の最後には、たき火で牡蠣やホタテ貝を焼いていただきその美味を味わいました。
畠山氏の新著「鉄が地球温暖化を防ぐ」(文藝春秋刊)は六月二十五日発売の予定です。
<<PAGE1 PAGE2