「戦争の記憶をつなぐ会」スタート集会を開催しました。
2017年6月4日(日)、コープしが本部会議室に於いて「戦争の記憶をつなぐ会」スタート集会を開催し、会員生協役職員・組合員・県民19名が参加しました。当会は、戦争の記憶を次世代に継承し、同じ過ちを繰り返さないよう、平和を守る取り組みの一環として立ち上げ、3年目を迎えました。今年度の活動、第1弾のイベントとして滋賀県平和祈念館のご協力を得て開催しました。
第1部 基調講演 「滋賀県の戦争体験と、語り継ぎの大切さ」
講師:滋賀県平和祈念館・木村主査
【主な内容】
① 滋賀県平和祈念館の事業の紹介のあと、石垣りんさんの詩「戦争の記憶が遠ざかるとき、戦争がまた 私たちに近づく。そうでなければ良い」の紹介。続いて、72年前頃の当時の滋賀県の様子を解説いただいた。
② 昭和19年、集団学童疎開として大阪から12,000人をこえる子どもたちが滋賀県に来た。国民学校は、子どもが体をきたえる場・国に対する奉仕の心を育てる場であった。子どもであっても戦争に協力しなければならないという教育を受けていた。
③ 滋賀県の軍需工場(パラシュート用布地や船舶用エンジンなどの製作)や、県内に空襲があった場所や爆弾の種類についての解説。被弾した守山の六体地蔵が今もそのまま残っている。
④ 滋賀県からは、延べ9万人以上の人が出征された。兵隊に行けない者はクズみたいに言われた。徴兵検査に受かったとき日本晴れのような気持ちだった。でも、ご家族は複雑な心境だった。滋賀県民の戦死者は3万人以上であった。
⑤ 最後に、「戦争の時代に生きた人々のことを忘れない。平和への思いを深めましょう」と結ばれました。
第2部 滋賀県平和祈念館ボランティアグループによる寸劇:「俺は生きてかえる」
滋賀県平和祈念館ボランティア”人形劇・紙芝居・寸劇ボランティアグループ”による寸劇で、戦争体験を迫真の演技で演じられました。
召集令状を受け取り、家族の悲しみ、軍隊生活の辛さ、シベリア抑留の耐え難い飢え、寒さに襲われながらも、家族の待つ家(国)に帰るまでの物語。
最後にボランティアグループの方と参加者で活動交流を行いました。
参加者からは、平和の大切さを再確認した。日常の平和を次世代に残せるようにしなくてはならないと思った。普段映像では見られない、裏の人間模様・家族の悲しみを感じた。などの感想が寄せられました。