活動のご案内

その他

IYC記念滋賀県協同組合協議会交流セミナー

滋賀の生協 No.189(2021.12.10)

特集

IYC記念滋賀県協同組合協議会交流セミナー
協同組合の意義と役割を求めて
〜協同組合は力を合わせてコロナ後の社会の再建に貢献します〜

と き 2021年9月28日(火) 13時30分〜15時30分
ところ 滋賀県農業教育情報センター 4階第4研修室

189_tokushu01.png

講師 増田 佳昭氏 (立命館大学経済学部教授)
プロフィール
1952年静岡県生まれ。京都大学大学院博士課程修了、農学博士。滋賀県立大学教授を経て、現在立命館大学経済学部教授。(1社)農業開発研修センター会長、前日本協同組合学会会長、専門は農業経済学、農協論。近著「つながり志向のJA経営」(家の光協会)

189_tokushu02.png

第99回国際協同組合デーを記念し、県内の協同組合・団体関係者が集い、協同組合の意義と役割をあらためて理解し、深めあいました。コロナ禍の終息が見通せない中、貧困・格差の拡大や社会的孤立への懸念など生活への不安が強まっています。このような状況の中、協同組合の今日的な価値と役割とは何か、増田佳昭先生に講演していただきました。

 1、深刻なコロナ禍ー問われる協同組合

 最近の協同組合をめぐる出来事を中心に、少し問題提起させていただこうと思います。

 昨年度、コロナ禍でGDPが大幅に下落しました。これは協同組合にも大きな影響を与えています。地域生協は供給高が増えていますが、大学生協は深刻な状態にあり、明暗を分けています。

 株価は、バブルの頃に4万円近くまでいき、その後ずっと低迷していましたが、「アベノミクス」が始まったころから上がりだし、このコロナの中でも3万円を上回るようなことが起こりました。株をたくさん持っている富裕層にとっては、ずいぶんプラスの面があったのでしょうけど、反面、株なんかに縁のない私たち貧乏人は、あまり恩恵は受けられず、これまた明暗が分かれているなと思います。

 「V-RESAS」というサイトがございまして、人口移動や消費動向をリアルタイムで反映してくれているデータです。その全国の人口移動のデータをみると、最初の5月の緊急事態宣言時に、県をまたぐ移動が非常に落ち込んだことがよくわかります(グラフ①)。滋賀県を見ても同じような傾向です(グラフ②)。

グラフ①

グラフ①

グラフ②

グラフ②

 2019年比の業種別消費動向は、「織物・衣服・身の回り品」「燃料小売業」、要するにアパレル系とか自動車燃料の落ち込みが激しい。逆に、アマゾンなどのEC(Eコマーズ)が伸びています。ここでもまた明暗が分かれています。

 それから、飲食店の利用。これは人口移動ではなく、ネットでの飲食店情報閲覧数ですが、あらゆるジャンルで影響を受けたことがわかります。比較的影響が少ないのは、「ファミレス・ファストフード」です。しかし、非常に大きな落ち込みが起きていて、経済的な影響が大きかったことがわかります。

 滋賀県の飲食店閲覧情報では、ちょこちょこプラスになっているところもあります。これは「緊急事態宣言」の出方の問題かもしれませんけど。

 就業者数の動向(グラフ③)。2019年あたりまでは、対前年同月比で増えてきていたのですが、コロナショックが始まった時期から約100万人下がっています。最近若干持ち直しているのは、それだけ前年同月の落ち込みが激しかったということです。

 有効求人倍率(グラフ④)は、極端に下がっているわけではない。この間、人手不足で、平均1.4から1.6ぐらいで推移していたんです。これがコロナショックで下がったとは言っても、まだ1.0くらいの数字なのです。

グラフ③

グラフ③

グラフ④

グラフ④

2008年の「リーマンショック」前後の有効求人倍率(グラフ⑤)との比較では、直前があまり良くなくて、1.0を少し上回るぐらいだった。それがじわじわと落ち込んで、一番ひどいときは0.4ぐらいまで減って、失業者が増えました。ですから、「リーマンショックほどではなかった」と読めるわけです。

 完全失業者数(グラフ⑥)は、2020年、200万人くらいまで増えました。リーマンショックの時は、ピーク時350万人くらいまで増えていたんですね。それに比べれば、比較的少ないと見られます。

 ただ、「じゃあ本当に雇用状況に問題はないのか」と言うと、決してそうではない。実は一番立場の弱い人たちのところに、そのしわ寄せが行っているのではないかと思います。特に飲食店や旅行業等が影響を受けているわけですが、そこで働くパートや学生アルバイトといった「非正規の雇用」が失われているという面が、大きな特徴だと思います。

グラフ⑤

グラフ⑤

グラフ⑥

グラフ⑥

 弱者へのしわ寄せ

 先日、日本協同組合学会で、反貧困ネットワークの瀬戸大作事務局長から以下の報告がありました。

...1年半以上、ほぼ休む事がなく、路上からのSOSに向き合う日々を続けています。所持金が100円しかない。「このままでは死んでしまう。死のうと考えた」SOSの現場に駆けつけて、その後の生活保護申請同行とアパート入居までの支援をおこなっている。

 夏を迎えての相談内容が、緊急アクションの相談チームを始めた昨年春と比べて明らかに違ってきている。年代層も20代の相談が大幅に増加、相談件数のここ数日は若い女性からのSOSも急増している。昼間の仕事も生活できない程の低賃金と雇止め、風俗のみが受け入れ先となっているが、繰り返される緊急事態宣言が直撃している。今日だけでも相談が連続した。一方で、路上や公園のベンチに座り込んでいる女性も増えていて「どうしたらいいか教えてほしい」と通りかかった市民からの連絡も増えている。「悲しすぎる程の底が抜けた社会」に僕らは生きている。...

...そんな中で、知的、発達障害や、うつ症状といった、障害や病気を抱えている相談者、家計管理に難を抱えた相談者、精神的困難と経済的困難を抱えて、心をやられてしまった若い世代が増えている。...

...コロナに感染したから貧困になったのではない。以前から 助けてと言えない社会 どうしようもない孤独な社会だった。...

そういう、社会が抱えている問題がコロナを契機に表に出てきている...

...新自由主義の中で使い捨てのようにされ、コロナで仕事を切られたら住まいまで追い出される。もう1度仕事に就くにしても、ブラック企業で使い捨てのように働かされてきた人たちを、そこにまた戻すのかという問題もある。そのような働き方ではなくて、みんなで支え合って働ける場作りが必要だ。すぐには働けない人もいるから、それぞれの事情に合わせた働く場や居場所を協同の仲間たちと作っていきたい希望をつなぐのが「協同」のつながりだと思う。「日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)」に協力を仰ぎ、緊急アクションにつながった相談者を対象にした「しごと探し・しごとづくり相談交流会」をこれまでに3回開催している。ワーカーズコープで既に就労開始している相談者もいる。「女子会」や「当事者主体の自助グループ」含め今後も相談交流会を継続していく予定だ...

 協同への期待

 やはり「一番弱い立場の人」のところに問題が大きく表れてきているということなのだろうと思います。

 瀬戸さんはこの報告の中で、「生協が冷たい」ということを言っていまして、「こういうことを我々は1所懸命取り組んでいるんだけれども、なかなか生協は理解してくれない。もうちょっと応援してほしいんだ」と言っておられました。

 問題は「生協なり、協同組合が、どんな考え方で、どんな方法で、これに寄り添っていくのか」というところが必ずしも十分に詰められていないんじゃないでしょうか。

 今、コロナをきっかけに社会的問題が噴出をしています。協同組合はどうするのか、協同組合グループは瀬戸氏の問題提起をどう受け止めるか、どんな対応の可能性があるのか、論理的にどう考えるのか、現実的にどう対応するのか、が問われているように思います。

 2、協同組合をめぐる最近の動き

①労働者協同組合法の制定

 そんな中で少し、協同組合をめぐる最近の動きを紹介しておきたいと思います。

 1つは、昨年12月に「労働者協同組合法」が制定されました。昭和24年の「中小企業等協同組合法」以来、約70年ぶりの「協同組合」と名前のついた法律です。長いこと、日本の法制度の中に、「協同組合」という名前のついた新しい法律はなかった。画期的なことだと思います。しかも、超党派の議連を設立して、国会の各派が挙って支持をするような形で成立をした。歴史的なことだと思います。

 どんな法律かというと、組合員が出資をして、それぞれの意見を反映して、組合の事業が行われて、組合員自らが事業に従事する。そうして就労の機会を創出して、地域における多様な需要に応じた事業を実施するということです。(図①)

 これまでワーカーズコレクティブなどが、持続可能で活力ある地域社会を実現するという目的に適した企業形態、法人形態がとれなくて、企業組合や株式会社や合同会社、一般社団法人の法律を使うなど苦労していました。

 例えば、企業組合の場合は行政庁の認可が必要である。NPOの場合は出資がないので経済的な安定性の問題に不安がある。それが今回、本来の目的に合致した法人制度ができたのです。労働者協同組合の場合は、法律に基づいて届け出をすれば簡単に設立ができる。また、組合員の出資に基づいて出資金も積み立てられる。非常に大きな成果だと思います。

 この度の法制化によって労働者の働き方が1つ増えた。いろいろ仕事が失われている中、自らが仕事の場を作れる枠組みができたと考えることができると思います。(表①)

図①

図①

表①

表①

②「特定地域づくり事業協同組合制度」の発足

 2つ目は「特定地域づくり事業協同組合制度」です。

 これは新しく協同組合の法律ができたというわけではありません。

 「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律」というのが、昨年令和2年に施行されまして、この中で「特定地域事業を行う事業協同組合に対して、財政的、制度的な支援を行う」と位置づけられています。

 何ができるかを簡単に言うと、労働者派遣事業ができるということです。

 季節ごとの労働需要等に応じて複数の事業者の事業に従事する人を「マルチワーカー」と呼び、そのマルチワーカーを事業者に派遣する事業を、事業協同組合が行う。そこに市町村が必要経費の2分の1を助成するという組み立てです。

 対象地域は、人口急減地域。対象事業は、マルチワーカーの派遣等。まず認定手続きがあって、事業協同組合の申請に基づき都道府県知事が認定する。さらに労働者派遣法に基づく労働者派遣事業を許可でなく、届け出で実施するというしくみです。

 この制度の使い方ですが、例えば、季節性がある農業では、農水省のホームページに「通年業種組み合わせタイプ」という運用例が示されています(図②)。事業協同組合から派遣された「マルチワーカー」が、(A)農園では通年で事務作業を行いながら、(B)農園で「袋掛け」や「収穫作業」の季節労働をする。そして(C)冬は「酒造業」の「酒の製造販売」業務に携わるという仕組みです。私は、新規就農者や後継者が研修を行うなど、農業後継者の育成にも使えないかなと思って見ているところです。

③農協の「准組合員問題」の決着

 「労働者協同組合法」ができたり、労働者派遣ができる「事業協同組合」ができたりという新しい動きの一方で、既存の協同組合についての一番大きな出来事は、農協の「准組合員問題」のある意味の「決着」と思っています。
実はこの「准組合員制度」は、安倍政権の下での「農協いじめ」から発生したものです。

 私なりに評価すれば、安倍・菅政権の特徴は「強権性と私物化」です。振り返ってみますと、2013年12月「特定秘密保護法」成立を皮切りに、2014年7月に、憲法9条解釈変更「集団的自衛権容認の閣議決定」、同年5月には、内閣人事局を発足させて幹部人事を官邸直轄にしています。それから2015年に、「安保関連法案」の国会提出、成立。2017年、「共謀罪」の構成要件の変更。非常に強権的なことを、国民の反対を横目にやってきたわけであります。

 反面、「私物化」という意味では、2017年、森友学園の国有地の払い下げ問題、加計学園獣医学部新設問題、2018年、森友学園問題で財務省の公文書改ざん発覚、2019年、桜を見る会を巡る数々の疑惑表面化。さらに2020年、菅政権になってからは「学術会議の任命拒否問題」。こういう「強権性と私物化」を体現してきた政権であったわけです。そんな中で「農協改革」も生じてきました。

 その前に安倍首相の思想を少し紹介しておきます。安倍さんは「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します」ということを何度か、国会でも宣言しております。ダボス会議でも、「自らが既得権益の岩盤を打ち破るドリルの刃となる」と言っておられます。これについて産経新聞でさえも「規制の撤廃のほか、エネルギーや農業、医療分野を外資に開放することを言明した」と評しています。

 要するに「企業が活躍して、企業が稼いでくれる国をつくる」ということですね。「人々が一番暮らしやすい国をつくります」と言ってくれれば拍手喝采なんですが、彼の理念は「新自由主義」、「企業中心主義」なんです。「企業はどうぞ1所懸命お金を稼いでください。稼いでくれれば国民は豊かになるはずです」ということで政策を進めてきた。しかし豊かになっていないですね。コロナ禍でより貧富の格差は大きくなるし、深刻になっている。安倍・菅政権の「強権性と企業中心主義」がずっと悪い影響を与えてきたと言っていいと思います。

 この強権性と成長戦略のクロス点に、「農協改革」があった。安倍政権が進めたかったTPPに対して、農協が激しく反対をした。これをきっかけに、政治的敵対者である農協の力を弱めようと、2014年「農協改革」が始まったわけです。主要なターゲットを中央会にしぼり、「中央会の廃止」を大きな目的として進められたのです。

 その背景に「アベノミクス第3の矢」という成長戦略がありました。「成長戦略の主要な領域が農業である」と言い、「農業こそが成長産業である。その成長産業の成長を妨害しているのが農協である」というキャンペーンを行い、農協をたたいたわけです。併せて「農業生産法人の規制緩和」とか、「農業特区の拡大」「種子法廃止」とか、企業の活躍をより容易にするための様々な「農業改革」をやろうとしてきました。

 その文脈で「准組合員利用制限問題」が俎上に載せられた。今全国レベルでみると准組合員の方が正組合員より明らかに多いんですね。ですから「農業の組合なのに、なぜこんなに准組合員が多いんだ」というクレームをつけまして、「准組合員の利用を、正組合員の半分以下に制限する」と、「規制改革会議」が主張したわけです。

 これには、さすがのJAグループも「とても同意できない」ということで、准組合員の利用制限は結局農協法に書き込まれることなく、5年間先送りになりました。いわば、「准組合員利用制限問題」を「政治的な人質」として、それ以外の「農協改革」を呑ませたという形です。

 また、この「准組合員利用制限」については、当時アメリカの保険業界も関心がありました。「JA共済は、少額の出資金を出せばだれでも加入できる。一般の保険と何が違う。一般の保険と同じ規制を金融庁から受けるべきだ」という主張をしていました。こんなところにも米国のパワーが働いていたという面があるわけです。

 「農協改革」の経過について、年表を書いておきました(表②)。2015年に「農協法の改正」がありました。「准組合員の利用制限」については、「施行日から5年までに、調査、検討、結論を得る」と5年間先送りをされました。そして2021年3月に「農協法の見直し期限」を迎えたのですが、最終的には7月、規制改革推進会議が「准組合員の事業利用は、各JAが組合員の判断に基づいて決める」「准組合員の意思反映や事業利用の方針をJAは総会で決める」と提言し、これに沿って政府の「規制改革推進計画」も決定しました。いわば、晴れて人質が解放され、「准組合員問題」が一応の決着を見たということです。

図②

図②

表②

表②

 農協改革ーその教訓

 この農協改革の1連の動きは、教訓を整理しておく必要があると思っています。

 1つは、協同組合の制度と運動が「政治」と強い関りがあることを再確認したということです。「政治的な敵対者である」とみなせば、政府は法律を作る権利などさまざまな力を使って抑え込もうとする。その典型的なケースだったと思っています。成長戦略との敵対関係、アメリカからの経済的要求、そういう「政治」と「経済」の結節点に「農協改革」があった。それは、ただ政権が進めただけでなく、「既得権だ」「農業発展の妨害者だ」と、マスコミも動員した大掛かりな農協攻撃でした。

 それから、もう1つは、問題の個別性と他の協同組合との連携の問題です。協同組合だからと言って、全ての問題でみんなが一致するということではない。この点も確認されたのではないかと思っています。

 農協は、TPPには基本的に反対だということで足並みがそろいます。しかし、生協はストレートに「TPP反対」となるかというと、必ずしもそうではない。TPPでさらに安い食料が供給されるとなれば、場合によっては賛成することがあってもおかしくない話です。TPPの問題というのは農協の問題として個別性があったんだろうと思います。

 ところが、今回の農協改革の中で見逃すことができないのは、協同組合の原則が蹂躙されたという面が、少なからずあるということです。

 その1つは、「農協法」の中から「非営利の原則」が今回の改正で削除されました。これは協同組合に関する法律として非常に大きな変更ですし、おかしな話です。

 もう1つは、「理事の規定」です。どんな人を理事に選ぶかというのは、協同組合の自治の基本にかかわる問題です。これが、今回の「農協法改正」の中で、「認定農業者または経営のプロが過半を占めなければいけない」と書き込まれてしまった。

 そもそも、「どういう人が理事になるのか」は、行政庁が踏み込んで規定するようなことではないわけです。ここまで踏み込んで協同組合の在り方に政府が口を出すということは、「協同組合の原則の蹂躙」と言っていいだろうと思います。

※認定農業者制度とは?

「自らの創意工夫で、経営改善を進める計画」を市町村等が認定し、認定を受けた農業者に対して重点的に支援措置を講じる制度。

 ですから、「TPPは農協の問題」として、その個別性を認めるにしても、協同組会の共通の問題がここで提起された。協同組合の原則が踏みにじられようとしたことについては、協同組合グループとしての相互理解と協力が、もっとなされるべきだったと思います。

 それからもう1点は「運動の重要性」です。この「准組合員問題」を中心に、全国農協中央会がこれに対応する方針を検討して打ち出してきた。その時の基本は「組合員アンケート調査」で、「准組合員への利用制限は不当である」とか「農協は役に立っている」とか「金融事業もやっている総合事業を守るべきだ」という声を集めようというものでした。

 これに対し、我々研究者は、「調査だけでは弱いだろう。対話運動としてやるべきだ」「組合員に対してしっかり問題提起をして、組合員とともに准組合員の規制も跳ね返していく。そのくらいのつもりでやらないとだめだ」とコメントしていました。

 実は全中の人から、この「対話運動」という言い方について、政治家との間で相当摩擦があったと聞いています。「調査ならいいけど運動はダメだ」という声が政治家からあったそうです。しかし、そうは言いながらも「対話運動」ということを打ち出して、職員が組合員を訪問し、役員も専業農家、認定農家を中心に訪問活動をして、対話を進めたわけです。

 600万人の組合員調査を「対話運動」としてやり遂げ、結果として准組合員の96%が「地域農業を応援したい」、正組合員の87%が「准組合員の利用制限は不要だ」と答えた。これを対話運動で確認してきたというのは、大きな力になったんだろうと思います。

 協同組合は、人の組織ですから、調査をして数字を挙げるだけの話ではない。対話運動として取り組むことは、とても大事なことだったんだろうと思います。

 小泉内閣の時に、当時「ワンフレーズ・ポリティクス」で「郵政改革こそがテーマだ」と言い、結局郵政事業が分離され、株式会社化されました。今回、農協でも同じことをしようとした。しかし、郵政でやれたことが、農協ではやれなかった。結局、郵政には運動がなかったんですね。特定郵便局は団体としては反対するわけですけど、それをサポートしてくれるユーザーの組織(郵便局の利用者の組織)はなかったわけです。ところが農協の場合は、正組合員、准組合員という、利用者である組合員が背後についていて、その人たちが「准組合員の利用制限なんて不要だし、総合事業として続けてくれ」と言ってくれて、それが力になった。ユーザーなり、組織が背後にいたかいなかったかが、「郵政改革」と「農協改革」の大きな違いじゃないかなと思っています。

 3、協同組合の「ブループリント」の見直し2030戦略

 たしか8年ほど前に、この場でICAの「ブループリント」のお話をさせてもらったと思うんですけど、早いものでその見直しが、昨年なされています。

 「アイデンティティ」を真ん中において「参加」「持続可能性」「資本」「法的枠組み」を打ち出し、「協同組合としてのアイデンティティをより積極的に確認をし、発信していくべきだ」というのが、もともとの「協同組合の10年に向けたブループリント」です。

 今回、2020年1月に「新たな(第2の)協同組合の10年に向けて-人々を中心に据えた道のり」というタイトルで、戦略計画がまとめられました。

「①世界が直面する課題に対するICAの目的と使命」「②新たな10年における協同組合のアイデンティティの強化および深化の方法」「③"協同組合の10年に向けたブループリント"で始められたビジョン:2030年までの継続案」「④戦略計画の4つのテーマとブループリントの5本柱の関係の分析」「⑤戦略的目標と具体的戦略的取り組み」という構成になっています。
この「②アイデンティティの強化および深化」が今回の大きなテーマになっていると理解をしています。これをめぐって、今度ソウルで大会が開かれますけれども、基本的テーマはこの「アイデンティティの問題」だと聞いています。

 このアイデンティティをどう議論するか?「自助、自己責任、民主主義、平等、公平および連帯という協同組合の価値は、今も健在である」ということで、さらに「正直、公開性、社会的責任および他者への配慮という4つの倫理的価値も含まれる。営利目的で投資家所有の企業は、これら4つの倫理的価値を自らが具現化していると主張できるが、実際の行動は多くの場合、その主張を裏切るものである」。だからこの主張と現実の行動とが一致しているのは協同組合であるというところで、より「アイデンティティの強化」について深めるべきだという問題提起をしていると考えています。

 4、協同組合の役割と課題

 最後に「協同組合とは何か?」改めて考えてみます。

 示唆的だなあと思っているのは、「世界無形文化遺産」登録です。2016年12月にユネスコが協同組合を「世界無形文化遺産」登録をしているんですけれども、その時の登録の理由、その説明が非常に面白い。これはドイツから提案されているんですね。

 「共通の利益の実現のために協同組合を組織するという思想と実践を評価して遺産登録をする」「共通の利益と価値を通じてコミュニティづくりを行うことができる組織であり、雇用の創出や高齢者支援から都市の活性化、再生可能エネルギープロジェクトまで、さまざまな社会的な問題への創意工夫あふれる解決策を編み出している」だから価値があるんだ。こういう言い方です。要するに、さまざまな社会的問題を解決するための組織として価値が認められているということだと思います。

 そして、「協同組合は、自助、自己責任、民主主義、平等、公正、そして連帯の価値を基礎とする」そして「正直、公開、社会的責任、そして他人への配慮という倫理的価値を信条とする」という「理念と倫理を掲げる組織と事業体」だと、ICA声明の中でそのアイデンティティが確認されているわけです。

 そういう意味では、協同組合の課題と方向として改めて考えておかないといけないことは、求められる「理念」に沿った「問題解決」に努力しているかどうかだと思います。

 組合員の「困りごと」に寄り添い答えるという姿勢や活動ができているか。さらに、社会の一部でもある組合員の「困りごと」は、社会の「困りごと」でもあるわけです。社会の「困りごと」に寄り添えるのかどうかということが、大事だろうと思います。

 「組合員と地域の困ったに答える、問題解決の組織である」というところを「どう具現化しているか」が問われているんだろうと思っています。

 冒頭にお話をしました。コロナ禍の路上で困っている人たちがたくさんいる中で、「生協がなかなか冷たい」ということを、反貧困ネットワークの瀬戸大作事務局長から言われた。難しいと言えば難しいんですね。「困った」があるからと言って生協や農協がすぐ助けに入れるかと言えば、そういう話ではないわけでありまして、そこには「事業体の論理」と「問題解決の論理」の間にズレがある。良い悪いは別にして、そう簡単につなぐことはできないだろうと思っています。だけども、そうかと言ってじゃあ「困った」があるのを見過ごしていいのか。そのギャップを素直に認めながら、どう埋めていくのかというところを、自ら問い直していくことが必要なんじゃないかと思っています。

 先日の協同組合学会の中で私も「協同組合の経営主義」について問題提起しました。

 農協グループは今、経営環境が厳しいんですね。農協が集めた貯金はどこへ行っているかというと、かなりの部分が連合会を通じて農林中央金庫に行っている。農林中央金庫はこれを主に海外で運用して、その利益を農協に還元していたわけです。しかし、これだけ世界全体が低金利、マイナス金利の時代に、有利な運用なんかそう簡単にできるわけがない。そんな中で経営が厳しい。「安定した経営基盤をつくるんだ」ということで、今経営の点検をやっているわけですが、それも1つの「経営主義」ということになるのかもしれません。

 経営の問題というのは、確かに大事な問題で、協同組合がつぶれてしまうわけにはいかない。でも、他方で、「困った問題を解決するための組織」である。「本来の目標を組合員とともに進めていくんだ」という、協同組合としての組織特性をなくしてしまったら、「なんのために存在しているかわからん」と、いうことにもなりかねないわけなんですね。

 ですから、そうならないために、組合員はどう行動すべきか、協同組合の役員、職員はどう行動すべきか、自ら問いかけなければならない課題だろうと思うわけです。

 職員の立場からいうと、基本的なルーティンの仕事があるわけで、ルーティンの仕事をしていること自体は、農協にしても、生協にしても、組合員の「困りごと」に対応していることは間違いないんですね。農協職員が営農事業をやっているとか、信用や共済事業をやっている。生協の職員が商品の供給事業をやっている。それ自体は組合員のニーズに応えていることなんで、ルーティンとしてやっていることはいいことだし、必要なことであることは間違いないんです。しかし、世の中変わっていくわけですね。コロナが起こったり、下手をするとリーマンショックのような深刻な不況が、つい直近で来るかもしれない。そんな中で問題が新しく起こってきたときに、機動的に人々の「困った」に寄り添うことが全くできないとしたら、非常に寂しい話でありまして、それができるにはどうしたらいいのか?ということは意識していかないといけないのでしょうね。

 組合員力・地域力を強める

 そんな中で、「組合員力」を強めるというテーマがあるんじゃないのかということが1つです。これは、事業体である協同組合が「何でもかんでもやれる」というのは、ある意味幻想でありまして、その主体的な力というのは、組合員にあるんだと、本来考えるべきだと思います。ですから「組合員と1緒に何かやる」、あるいは「組合員が主体的に何かやる」というところが本来の姿で、そのために「組合員に力をつけてもらう」という問題意識、あるいはそのための取り組みというのが大事ではないかなと思っています。

 今、農協も支所・支店の統廃合で、「この支店閉めるんだ」という話があちこちで出てきていますけれども、これに対する対応の力も、地域の組合員のレベルによって全然違うんですね。「はいそうですか」と言って、あまり議論もなくあっさり店を閉められるところもあれば、「いや、そんなことやられたらウチは困る。地域が困る。何かうまい方法はないか」と言って、力を合わせて、いろいろな使い道を考えたり、新しい受け皿を作ったりするというところもある。これはある意味で組合員力・地域力の違いなんです。そういう組合員力・地域力があるかどうかは、困ったときに頼りになるかどうかの分かれ道なんだと思うんですね。どんなふうに、協同組合として、組合員力・地域力をつけるための努力ができるのかというのがすごく気になっているところです。

 小さな協同を育てる

 それからもう1つは、「既存協同組合の課題」ということです。確かに既存協同組合というのはルーティンの仕事があるんですね。それはそれでちゃんとやらなければならないのだけれども、今言った「組合員の力を引き出す」という意味では、「小さな協同を育てていく」というのも大きな仕事なんじゃないかと思っています。

 どんなモデルかというと、農協で言えば「集落組織」というのがあって、そこにサポートされながら農協というのは成り立っている面がある。さらにいろんな地域の活動が存在する場合もあります。一方では趣味的な活動もありますけれども、他方では若い人たちが研究会を作って新しい技術を試してみたり、新しい商品を作ってみたりという動きがあったり、高齢者がいろんな活動を始めるというような、小さな活動が地域にあるんですね。そういうものを協同組合として支援することを1つの仕事として位置付けて、この「組合員活動」をどう育てるのか。場合によっては、これが将来の事業にもつながってくるわけで、「小さな協同への支援」というのを戦略的な課題にしていく必要があるんじゃないかと思っています。

 「まずは協同組合同士のつながりと連携を」と言っても、すぐには「共通の"困った"で連携」とはならないかもしれない。でも、相互理解の努力の中で、共通の課題や連携の可能性も生まれてくるんじゃないかと期待をしているところであります。

 少し盛沢山であったかもしれませんけど私の講演を終わらせていただきます。どうもみなさんご清聴ありがとうございました。