滋賀県生協連合会について

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提言 これからの五年で取り組む課題

生協に期待すること――納得できる買い物がしたい!
滋賀弁護士会会長  圡井 裕明

 二か月ほど前、長年使い続けた携帯電話の調子がいよいよ悪くなったので、とある家電量販店で、思い切ってスマートホンに買い換えました。どうせ新しいものにするなら、高機能なスマートホンにしてみようと思ったのです。

 ところが、使い始めてみると、不都合なことがいくつかありました。まず、バッテリーが一日と持たないのです。朝出かけるときには充電を満タンにしてあるのに、帰宅するころには残量がほとんどなく、夕方には通話ができない状態になることもあります。通話の音量も悪くなっているようです。アプリによっては文字の大きさを拡大できず、老眼の始まった私には見にくいときがあります。

 店頭でも、テレビCMでも、スマートホンを売るためにさまざまな宣伝をしています。しかし、バッテリーの保ちが悪いことを積極的に知らせることはしていないようです。

 私たち消費者は、数ある商品の中から、自分に相応しいと思うものを選択します。正しい商品選択のためには、商品に関する正しい情報が必要です。しかし、消費者は、商品について正確な情報を持っていないのが普通です。リンゴひとつとってみても、産地がどこかということすら、事業者に教えてもらわなければわからないのです。

 ところが、事業者は、商品に関して必ずしも正しい情報を提供するとは限りません。販売にマイナスになるような情報は積極的に開示しないかも知れません。売上のためにプラスになる情報を、ことさら大げさにいうかも知れません。意図的に消費者を欺くような悪質なものだけではなく、通常の事業者でも、いい話ばかり強調して都合の悪いことはあまりいわないということもあるでしょう。

 生協は、消費者の協同組合です。消費者の視点から、良い情報も悪い情報も公平に提供できる立場にあります。売上を上げることが至上命題となる収益事業と違い、消費者の立場で商品を吟味できる生協だからできることです。生協を通じて、適切に商品を選択できるための情報を共有できるとよいと思います。納得して買い物ができる、生協にはそういう役割を期待したいと思います。

「平和があってこその生活」「平和があってこその医療・福祉」
核戦争防止滋賀県医師の会運営委員 
滋賀県反核平和連絡会事務局員

医 師 今村  浩

 「平和があってこその生活」「平和があってこその医療・福祉」。これが、私たちが平和運動に取り組む原点です。〝合法〟を装った大量殺人が戦争であり、戦争の前に医師は無力であり、戦争になれば、生活の向上など望むべくもありません。膨大な軍事予算が、生活や福祉の向上、地球環境の改善、貧困の解消に使われる時代を何としても作りたいものです。

 そんな思いで、滋賀県内の平和を願う諸団体が、「滋賀県反核平和連絡会」を結成して、共同した取り組みを進めてきました。その一つの到達点が、二〇一〇年五月に国連本部で開かれた五年に一度の「核不拡散条約(NPT)再検討会議」に向けた、「核兵器廃絶の大きな世論」を作る、全世界の運動と連帯した取り組みです。全世界から約三万人がニューヨークに集結しパレードを繰り広げました。日本からは、約八〇〇万筆の「核兵器廃絶を求める」署名、滋賀県からは十一万筆。また日本から約二千人、滋賀県からは三十四人が参加し、この中には滋賀県生協連からもたくさんの方々が署名とカンパを集めて、ニューヨークに行かれました。これに先立って、私たちが自治体要請行動をする中で、平和市長会議からの要請もあり、全国で唯一草津市が自治体として市民五人の代表団をニューヨークに派遣するという快挙もありました。平和市長会議への首長加盟も、滋賀県は全国三番目の速さで全市町の首長が平和市長会議に加盟しました。これらの背景には滋賀県内の平和を願う共同した取り組みが、大きな力となっています。そしてこのNPT再検討会議では、「核兵器のない世界の平和と安全の達成」を「目標」「原則」とし、核保有5カ国による「自国の核兵器の完全廃絶」を達成することを、あらためて確認するまでにこぎつけたのです。

 いま人類は、「核兵器のない世界」実現にむけた歴史的な転機にあります。平和についてはいろいろ意見があっても、核兵器廃絶についてはほとんどの方に異論はありません。また、核兵器廃絶については、日本には特別の使命があります。これまでの、みなさんとの共同の取り組みを大切にし、意見の違いを認め合いながら、さらに大きな平和をねがい、核兵器廃絶を実現する共同した取り組みを、ますます発展させてゆきましょう。

3・11後の地域社会をどうつくるか
NPO法人菜の花プロジェクトネットワーク代表  藤井 絢子

 起こしてはいけない事を起こしてしまった。3・11は未来世代に取りかえしのつかないツケを残した日、として世界史に大きく記される日となりましょう。

 二〇世紀の私たちの産業構造、暮らしのありようを本気で問い直さねば、と思います。今生きる一人ひとりが、根源からの既存のしくみを変える為に行動しなければ、九ヶ月を経て何の解決も見えていない東日本大震災の被災者・被災地は救われません。

 今年四月チェルノブイリを訪問し、大地に立ちました。事故から二五年経て、今なお、人々の戻らぬ村々、茫漠とした大地、放棄された町、川に放置された赤さびた船が、原発事故の恐ろしさを如実に語っていました。チェルノブイリにいる間中、フクシマと同時に琵琶湖が頭を巡っていました。

 生命の水をたゝえる琵琶湖を抱く滋賀県境から敦賀原発まで、たったの十三キロメートルという近さを、もっと強く意識し、滋賀県から3・11後の地域社会のモデルをつくりませんか?

 生存のベース〝食とエネルギーの自立〟した地域を、滋賀県で、協同の力で、私たちが実体をつむぎカタチにしたい。

 滋賀県は、〝二〇三〇年Co2五〇パーセント削減〟〝卒原発〟を標榜しています。国の方針や県の方針、基礎自治体の方針を待つのではなく、孫子安心な地域を、まず市民が率先して共につくりましょう。

 滋賀県生協連創立三〇周年の節目の年にふさわしいムーヴメントの展開に、「菜の花プロジェクト」も、その一翼を担いたいと思います。

誰もが安心して住み続けることのできる福祉滋賀のまちづくりをめざして
滋賀県社会福祉協議会会長  嶋川 尚

  このたび、滋賀県生活協同組合連合会が創立三〇周年を迎えられましたことを心からお慶び申しあげます。

 滋賀県生活協同組合連合会におかれましては、他の諸団体とのネットワークを活かしながら食の安全や安心、環境、福祉、防災などへの取り組みをはじめ「平和とよりよき生活」の実現を目指し、その責務を果たしてこられました。

 これらの取り組みはどれも、私どもが安全に暮らしていくためには欠かせないものでもあります。私ども滋賀県社会福祉協議会におきましても、だれもが安心して住み続けることのできる福祉滋賀のまちづくりを推進するため、取り組んでいるところでございますが、「地域住民の暮らしの安全・安心」のため、本会と滋賀県生活協同組合連合会とは深く関わってまいりました。

 特に福祉、防災の分野においては、平成十七年三月に設立された滋賀県災害ボランティア活動連絡会に当初より構成団体として参画され、災害ボランティアコーディネーターの養成や各種マニュアルの整備、また、災害ボランティアセンター設置運営訓練等、本県の災害ボランティア活動推進のための取り組みをともに行ってまいりました。

 そういった中、二〇一一年三月十一日には未曾有の被害をもたらした東日本大震災が起こり、九月には台風十二号による被害が発生しました。県内で養成された多くの災害ボランティアコーディネーターも被災地の災害ボランティアセンターで活躍されました。現在も被災地では、生活の再建に向けて復興活動が続いております。その中には、近隣住民と全国から駆けつけるボランティアや企業・団体がともに助け合い、支え合う姿が見られます。こうした場面に出会うたびに、私どもといたしましては、あらためて人と人とのつながりや絆の大切さを学ばせていただいているところでございます。

 暮らしの安全や人と人とのつながりをめざした滋賀県生活協同組合連合会の活動はこれからも一層大きな社会的役割を果たされるものと確信しておりますが、とりわけ福祉分野においては、本会との協働もより一層発展させていきたいと存じますのでどうぞよろしくお願い申しあげます。また、設立三〇周年を一つの節目として、今後ともネットワークを活かした幅広い助け合い活動を更に展開されますよう、御期待申しあげます。

 最後になりましたが、滋賀県生活協同組合会の今後のますますの御発展と、関係者の皆さまの御健康、御活躍を心からお祈りいたしまして、お祝いの言葉といたします。